10月からの医療制度改定
老人・弱者に負担を押しつける不公平な保険制度になります
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10月改訂の主なもの
・老人の外来定額制と月額上限を廃止
・一定以上の所得の老人は2割負担に
・償還払いの導入
・老人医療の対象年齢を70歳以上から75歳以上に5年間で段階的引上げ。
・180日超の長期入院患者の入院基本料を特定療養費化の実施開始
・老人外来診療の包括化(外総診)の廃止
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○老人の外来定額制と月額上限を廃止
10月から外来医療費は定額制が廃止されすべて定率制の負担となります。
そこでめまぐるしく変わってきた老人医療費負担の変遷を簡単に紹介します。
○老人医療費負担金の変遷
老人医療の無料化
昭和44(1969)年東京都が老人の医療費自己負担分の無料化をおこなっていますが全国的には昭和48(1973)年の老人福祉法の一部改正で1月から全国一律に70歳以上の老人に対し、医療費の自己負担分を公費により現物給付することにしました。そのため老人は医療費の自己負担は「ゼロ」となりこの制度は約10年間続いたことになります。
ところが次第に医療財政が逼迫してきたため昭和57(1982)年8月、老人保健法が成立し、58年2月から老人医療費の一部負担が必要になりました。 当初の一部負担金は、外来1ヶ月400円、入院は2ヶ月間を限度として1日300円となっています。
その後の改訂は
昭和62(1987)年 外来 800円/月、入院400円/日
平成3(1991)年 外来 900円/月、入院600円/日
平成5(1993)年 外来1,000円/月、入院700円/日
平成7(1993)年 外来1,020円/月、入院710円/日
平成9(1995)年 外来1回につき500円(月4回限度) 2,000円上限
入院外の薬剤に対する一部負担設定 投薬種類により負担
入院1日1,000円(9年)入院はその後年に100円増額決定
1,100円(10年)
1,200円(11年)
平成12(2000)年 老人一部負担金 定率一割となる
外来では200床未満の病院、診療所では自己負担の上限月額を3,000円
200床以上の病院では上限月額を5,000円
診療所においては月4回を限度として、一回800円の定額制選択の余地もあり。
入院(診療所、病院共通)では同一医療機関での月額37,200円を上限とし、 定率一割負担とした。
入院時食事療養費に係る標準負担額を1日につき780円とした。
平成14(2002)年 現行の老人負担
そして今年の4月からは下記のような負担になっていました。
診療所
定額制を届出した診療所 1日850円(月4回まで3,400円)
薬局での負担なし
定率制を選択する診療所 定率1割負担(上限月額:3,200円)
※ 院外処方が行われた場合は、上限月額の半額1,600円
(薬局においても定率1割負担で上限月額1,600円となる)
病院
200床未満の病院 定率1割負担(上限月額:3,200円)
200床以上の病院 定率1割負担(上限月額:5,300円)
※ 院外処方が行われた場合は病院と薬局で上限半額
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○10月からの負担額と高額療養費の限度額
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1) 70歳未満 外来・入院とも
現行 10月より
上位所得者(月収56万円以上) 121,800円+1% 139,800円+1%
一般 63,600円+1% 72,300円+1%
低所得者(住民税非課税者など) 35,400円 35,400円
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2) 70歳以上 現行負担額 外来・入院別
外来 入院
一般 定額1日850円 37,200円
(月4回まで)又は
定率1割の場合は
月額上限3200円
(大病院は5,300円)
低所得者 24,600円
(住民税非課税者など)
老齢福祉年金受給者 15,000円
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3) 70歳以上 10月からの負担額
外来 入院
一定以上所得者 40,200円 72,300円+1%
一般 12,000円 40,200円
低所得者II 8,000円 24,600円
低所得者 I 8,000円 15,000円
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*一定以上所得者 夫婦で年収約637万円以上
*低所得者II 住民税非課税所帯
*低所得者I 収入 年金のみの世帯 約140万円以下
*+1% かかった医療費が一定額を超えた金額の1%
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70歳未満の者の高額療養費の限度額は一般では63,600円が8700円アップし72,300円となり、これを超えた場合は高額療養費制度として還付されます。老人の場合10月から外来医療費は定額制が廃止されすべて定率制の負担となります。そして外来でも高額医療費の上限を超えた額が還付される制度になりました。しかし影響は収入によって異なり一般では約3-4倍、高所得者は2割負担で、かつ限度額も40,200円となっており、現行の負担上限3200-3400円に比べると約11-12倍の高負担となる場合もあります。外来の一般の負担上限は1割負担で12000円ですので、医療費としては月12万円で、特別な治療を受けていない限りこれを超えることはないのですが、多施設受診の場合は合算されますので、今でも多くの医療機関を受診している老人の場合には超える事もあるかも知れません。
問題は窓口で限度額以上を支払うことはなかった今の制度と違って、一端は1割や2割負担を支払った後で、自分で還付申請するようになったことです。
これについては後で説明します。
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○高齢者のうち高所得者は2割負担
「高齢受給者証」「減額認定証」の発行
今回の改定では、高齢患者はかかった医療費の1割を支払わなけれはならなくなります。さらに大きく変わるのは、一定所得以上の人について窓口負担を2割とし、負担割合に差をつける仕組みが導入されます。お年寄りの中でも、現役世代なみに所得のある人には応分の負担をしてもらおうという考え方によるものです。
現在、高齢者の定率2割負担の適用者は、夫婦で実質年収が「637万円以上」のものとなるようで、70歳未満の上位所得者の年収基準と同じになるようです。または独身の場合「450万円以上」と考えられています。
これらの対象者には老人保険証に一部負担金の負担割合が表示されますし、これから老人保険の対象となる「前期高齢者」には「高齢受給者証」が発行されることになります。これには1・2割の負担割合が表示してあります。受診の際には窓口で高齢受給者証の提出が必要です。提出がない場合、「負担区分にかかわらず一律2割の自己負担分を医療機関に支払い、1割負担分との差額を後で償還払いとする仕組みを採用する。」と言われています。
一方低所得の負担区分に当たる人たちには老人も前期高齢者も「減額認定証」なる証明書が発行される予定です。前期高齢者についての説明は後でします。
年収により負担割合が大きく異なる制度は低所得者保護と互助の公平な制度と思われがちですが、逆の不公平感の増大にもな留と思います。税金も高額を納め、保険料も多く納めているのに関わらず、病気になった時には自己負担が多い制度ですので、高所得者にとって不公平感が増します。簡単な病気なら仕方ないで済ませられますが、重症の疾患で命や今後の仕事にも差し支える状態になった時、前年度の収入だけで自己負担を多く強要する制度ですので問題だと思います。対象者は高齢者の約1割弱と言われていますが、高齢者以外にはすでにこの方式がとられていますし、大きな声にならないのが不思議です。
民間の保険は保険料を高額に納めれば、一端病気になった時の補償も支給も手厚いのですが、医療保険では収入によって保険料の負担の差は差があるにもかかわらず、病気になったときにも負担を強いているのです。皆保険制度では病気になった時の負担は公平であるべきで、これが保険制度の基本ではないかと思います。勿論低所得者の対策を否定しているものではありませんので、低所得者の保護は行うべきです。
一方「自己負担2割と明記された高齢受給者証は"この老人は金を持ってる"、また減額認定証は"この老人は低所得者"と宣伝しているようなものであり、こんなにプライバシーを無視した政策は前代未聞」とマスコミにも指摘されているように、やはり今後の問題点だと思います。
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○高額医療費の還付制度の変更
今回の改定案では、「月額上限制」を廃止し、老人の患者負担に外来・入院を区別したあらたな償還払い制度を導入することになりました。
このしくみを簡単に説明しますと、
1.すべての高齢者がかかった医療費の1割ないし2割を、いったん窓口で支払う。
2.高齢者ごとに、月別に複数医療機関の支払額を合算し、上の表の償還控除額を超えたかどうか確認する。
3.超えた場合には、領収書を持って役所の窓口で払い戻しの手続きを行う。
4.超えた額が2カ月後に指定口座に払い戻される
というものです。
このしくみの問題点は、従来のように各医療機関の窓口において、個々の患者の月額上限の管理ができなくなる点です。今後は、高齢者自身がこの仕組みを知った上で、領収書を整理し、受診した医療機関の支払額を合算しなければなりません。高齢者に、このような煩雑なしくみが理解できるのでしょうか。制度がわかりづらいことや、請求が煩わしいことから、多数の手続き漏れがでることが心配されます。
また少額の場合還付請求も面倒であり、独居老人や高齢所帯では還付を諦めたり忘れてしまうこともあるでしょう。結局外来分は請求漏れが多くなると予想されます。それはすべて国の利益となるのでしょうか(これを目論んでいる制度なのかと疑われても仕方ない制度です)。
国会審議の中では、償還払いの手続きがお年寄りにとって負担になるのではないかとの問題点も指摘されたようで、厚労省では、家族や、患者本人から委任を受けた人が代理で申請手続きをすることを認めたり、払戻金を銀行や郵便局の口座に振り込むなどの事務手続きを簡素化したりすることで、お年寄りの負担軽減をはかるとしているとのことです。また、入院の場合は、医療機関で限度額以上の徴収をしないようにするという対応を考えているようです。
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○老人医療の対象年齢を70歳以上から75歳以上に5年間で段階的に引上げ。
「前期高齢者」とは
これも大きな変化となりますが、現在の老人医療の対象年齢を75歳にするというものです。すぐにと言うわけには行きませんので5年間かかけて移行します。
今年の対応は
9月30日までに70歳となっている方は、そのまま老人保健対象者となります。
10月1日以降に70歳を迎える方は、毎年老健法の施行年齢が繰り上がる関係で、これらの方が「老人健康法」対象者となるのは、5年後の平成19年10月以降となり、その間の5年間は「前期高齢者」と呼ばれます。医療は「一般の診療報酬点数表」を用いて診療されます。
ただし、個人負担は「老健法」と同じ扱いになりますので、老人として1割あるいは2割負担となります。従って前期高齢者の負担は5年間は老人扱いと言うことです。
しかしこれも医療機関の窓口では混乱の元となりそうです。
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○長期入院の入院基本料の特定療養費化
老人の入院について、国は長期入院の是正と社会的入院の解消を目論んで「入院医療の必要性が低いが患者側の事情により長期にわたり入院している者への対応を図る観点から、通算対象入院料を算定する保険医療機関への180日を超える入院については、患者の自己の選択に係るものとして、その費用を患者から徴収することができる」という制度を作り、10月から実施されることになりました。
入院基本料の基本点数の15%が患者負担となる制度ですがこれを「特定療養費」として自己負担させるものです。
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○特定療養費とは
特定療養費制度は、それまで、診療の中に保険が適用されないものが含まれると原則としてその診療全体が保険給付外とされていた「混合診療の禁止」制度を改めて、新しい医療技術の出現や患者のニーズの多様化等に対応し、高度先進医療や特別のサービス等について保険給付との調整を図るために創設されたものです。
この様に特定療養費の基本的考え方は、特別のサービス(アメニティ部分)や高度医療を含んだ療養については、療養全体にかかる費用のうち基礎的部分については保険給付をし、特別サービス部分を自費負担とすることによって患者の選択の幅を広げようとするものですが、今回の入院基本料の特定療養費化は目的を外れて医療の本質にも入り込んできたと言うことも出来ます。
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○180日超入院患者の入院基本料が特定療養費化
【対象患者は】
180日を超える入院患者は一般病棟・老人病棟・療養型病棟・診療所の入院すべてが対象です。小児も含みます。
精神病棟や結核病棟の入院は対象から除外されています。
【入院期間の算定】
入院期間はその疾患による入院は医療機関毎でなく他の医療機関の入院も通算し ます。ただし3ヶ月以上の期間、同一の傷病でどの医療施設にも入院していなければ、入院期間の算定はリセットされ、新たな入院となります。
悪性腫瘍や特定疾患ではその期間は1ヶ月とされています。
介護施設(特別養護老人ホーム・介護保健施設・介護療養型医療施設)に入所している期間は算定されないようです。
【経過措置】
平成14年3月31日以前から入院している者(経過措置対象者)については、経過措置が設けられています。
平成14年4月1日以降に入院し、入院を続けている者については、経過措置は設けられていませんので、10月から180日超えた時点で入院基本料の5%が徴収開始されます。負担は16年4月からは15%ですが、今年度は5%です。
たった1日の差で負担があったり、無かったりで、患者さんに説明出来る制度ではありません。
【選定療養の対象者】
老人の一般病棟に90日超える入院の際に定められた「特定患者」は除かれますし、それ以外にも、補足されていますが、後で述べる内臓疾患の問題など対象者と除外者を現場で区別し、患者家族に説明了解を得られるかどうか大変だと思います。
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特定患者
※90日を超えて入院する患者で特定患者に該当しない者(別告示で規定)
・別に定める重症の障害者、神経難病等の患者
・入院基本料の重症者等療養環境特別加算を算定している患者
・悪性腫瘍に対する重篤な副作用のある治療を受けている患者
・観血的動脈庄測定を受けている患者
・複雑なリハビリテーションを受けている患者
・ドレーン法若しくは胸腔又は腹腔の洗浄を受けている患者
・頻回の喀痰吸引を受けている患者
・人工呼吸器を使用している患者
・人工透析を受けている患者
・全身麻酔等を用いる手術を受けた患者
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【問題点】
重度の肢体不自由者については、「障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準」のランクB以上に該当するものが対象となるものであり、ランクB以上に該当する旨を診療報酬明細書に記載することとされています。
重度の寝たきりだけと考えていましたのでランクB以上という基準はかなり緩和されたものと思いますし歓迎できます。
ただ問題は身体障害や肢体不自由の少ない内臓疾患患者との不公平です。心不全や、呼吸不全の患者さんは身の回りの事は何とか出来るので自立度はJ-Aランクが普通でBランクに届かない事の方がほとんどです。しかし、在宅での自立した生活は困難な場合が多く、独居者や看護・介護環境が整わず長期入院をせざるを得ない場合があります。身体障害者の認定を受けていても対象除外ができなければこれらの慢性疾患で治療の継続が必要な患者をどうするのかが大きな問題となります。
内臓疾患の要介護度が実状を反映していないことは、「動ける痴呆」の要介護認定と同じく介護保険の要介護認定ソフトの欠陥として問題になっていますが特定療養費の決定にも、肢体不自由が主体の生活自立度判定だけが取り上げられたことは問題だと言えます。中医協で癌の治療などは見直しされていますが内臓疾患の見直しはないようです。
先日の中医協でこの対象患者の除外規定が少し改められました。
「長期入院患者の入院基本料の特定療養費化について厚労省が提示した「除外規定」は、(1)麻薬投与または神経ブロックによる疼痛管理が実施されている末期の悪性新生物患者(2)気管内挿管、気管切開または酸素吸入の呼吸管理が実施されている患者・常時頻回の喀痰吸入を実施している患者(3)抗生物質が投与されている患者(4)強心剤(注射薬)が投与されている先天性心疾患などの患者。診療側は、栄養管理を要する患者も対象とするよう求めたが、栄養管理を行っている患者の多くは、重度の肢体不自由者や重度の意識障害者として特定療養費化の対象から除外されるため、「除外規定」には盛り込まなかった。」
除外規定を作ることも結構ですが、この制度の廃止を考える方が先ではないでしょうか
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○まとめ
以上が10月以降に変更になる医療制度の一部ですが、老人・弱者に負担を強いる改悪だと言えますし、本来公平であるべき国民皆保険制度がどんどん不公平な制度に変わっていっています。
そして今後問題となるのは介護保険制度との整合性が全くとれていないことです。例えば長期入院の入院基本料の負担は、療養型病床には適応されますが、介護保険の介護療養型医療施設には適応されていません。又外来の負担金の還付について、医療費だけの合算のようで、介護保険の1割負担分は合算できるのか出来ないのか、なぜ出来ないのか。
介護保険には負担金に上位所得の区分はないのにどうして医療費だけ負担が違うのか。
医療費が減れば介護保険は増えてもいいのか。
など複雑で説明のしようのない制度です。
最初に示しました老人医療の一部負担金の変遷で気がつかれた方も多いと思いますが、外来負担は2年に1回100円ずつの増額で、何の確たる根拠もなく、足らない分は国の負担を増やさないで次の年から自己負担で補おうとするつぎはぎ補修の政策を続けてきました。医療費の削減は外来診療費や患者負担を少しだけいじくっても解決できるものでないことがわからないのでしょうか。
今回も老人の外来負担を一定の所得以上の負担割合を増やしたり、限度額を変えたりして何とか不足分を補おうとしているようですが、制度を複雑にし、ますます不公平な制度に変えてしまっているだけではないでしょうか。
外来の高齢者2割負担や、限度額の還付でどれだけの影響を予想しているのでしょうか。あまり意味のない効果(数字)なら、現場の混乱の悪影響を考えて今からでも廃止してはどうでしょうか。
あと1ヶ月になりましたが、誰が分かりやすく国民に説明出来るでしょうか。
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参考サイト
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【発行】「かかりつけ医通信」発行委員会
当委員会は、趣旨に賛同した医師による、自発的な会です。 他の既存の団体や会社に所属しているものではありません。
【編集】
(委員長)長島公之:長島整形外科(栃木県) 整形外科医
(委 員)
安藤潔:荒川医院(東京都) 内科医
本田忠:本田整形外科クリニック(青森県) 整外外科医
吉岡春紀:玖珂中央病院(山口県) 内科医
吉村研:吉村内科(和歌山県) 内科医