元気な痴呆の補正に取り組んだ訳・厚生省の対応

 「クローズアップ現代」を見た方よりいろんなメールをいただいたり、メーリングリストでも話題にしていただきました。
 その中の質問で多かったのは
 1.なぜ独自の問題行動の加算という方法を選んだのか
 2.厚生省の対応はどうなのか
の2点でした。

 我々が痴呆や問題行動の多い例の一次判定に疑問を持ったのは、昨年10月から準備認定審査を始めて間もない頃でした。
 と言うのは平成10年度に全国で行われた10年度モデル事業の時には、現在の一次判定結果とは逆に、身体障害の少ない、いわゆる「元気な痴呆・問題行動例」では、むしろ要介護度は予想外に重度に一次判定され、逆に身体障害の強い寝たきりの方が要介護度が低く出ることがよくありました。
 そのため理由を尋ねられた厚生省の担当者は、「要介護認定は病気の重症度とは異なり、むしろ身体は元気な痴呆の方が介護の手間がかかることになる、寝たきりになると痴呆の介護はむしろ減ってしまう。だから元気な痴呆は介護度が重くなる」等と答弁していたと思います。
 そしてマスコミもみなこの評価を信じて報道していました。

 そして11年10月からの本番の準備認定審査になったわけですが、今度は痴呆に関しては全くモデル事業とは逆の一次判定結果となり、身体障害の少ない痴呆例の一次判定結果はご承知のように無惨な結果になったのです。
 これは10年度モデル事業の結果を見て、本番の一次判定ソフト作成時に明らかに操作されたものと考えますが、その時までは判定ソフトの内容はブラックボックスでありどんな操作が加えられたかは分かりません。9年度モデル事業後の一次判定結果の操作にしろ、この痴呆の一次判定の操作にしろ、厚生省の「さじ加減」で変更されてしまうこともこの判定ソフトの問題の一つではあります。それもブラックボックスの中での操作ですからどんな操作が加えられたかは直ぐには分かりません。

 現在の一次判定ソフトで認定審査を行って来ての印象では、第6群の意志疎通の項目や第7群の問題行動の項目は判定の項目から外されたと見るのが妥当です。実際にこれらの項目では要介護認定等基準時間は全く増えません。このようにソフトの変更を行っていながら、モデル事業の後には、ソフト変更後の検証はほとんど行われていません。

 従ってこのままのやり方(厚生省の判定方法=一次判定重視で、二次判定は状態像を探しながら似たものを見つける方法)で痴呆・問題行動の認定審査を続けることは、出来ないと考えました。勿論厚生省の二次判定の指標となる状態像に痴呆・問題行動の多い状態像はほとんどないのが問題でもあります。だからこれでは二次判定は出来ないのです。

 また今の一次判定ソフトは、痴呆の判定以上に逆転現象など公平な判定ソフトとは言えず、個々の例で果たして正しい認定審査が行われているのかも疑問です。早急に判定ソフトすべての見直しか、廃止が望まれます。しかしすぐに判定ソフトを作り直すことはこれまた困難だと思いますし、混乱します。

 どの審査会でも「多くの問題行動を持った痴呆例」の介護度をアップする工夫はしていると思います。しかしどの程度アップさせるのか、1ランクなのか2ランクなのか、それ以上なのかは決まりはありません。その審査会毎で違った二次判定になるのではないでしょうか。
 昨秋に厚生省が示した二次判定変更事例集でも、変更は可能としながらも、基準のことは全く述べられていませんでした。むしろ普通の審査会では、多くの問題行動の事例はこの変更事例集で示されたランク以上の変更を行っていたと思います。事例集ではほとんどの事例で1ランク程度の介護度アップしかなくこれが典型例となれば、逆にこんな事例集に審査会が縛られてしまう事になります。変更事例集ではなにも生まれてきません。

 そのためせめて痴呆の判定だけは公平に行いたいと考え、経験上の問題行動の介護の重み付けを考慮した介護の点数加算方式を考えたわけです。
 加算にした理由は、問題だらけとはいえ、身体障害の認定は今の一次判定でチェックされれば、それなりの介護時間は出ていますが、意志疎通や問題行動の項目は今の一次判定では全く考慮されていないので、これを加算したわけです。

 そして、この一次判定のロジックを無視した「加算」という手法はこのソフトでも使われていることも理由の一つです。
 それは「特別な医療」12項目であり、これはこのソフトの開発者の筒井氏も「医学的管理と言われる12項目は研究上の成果ではなく、政策的判断から追加された項目であり基本的要介護認定ロジックとは根拠を別にするものである」と明言しています。

特別な医療の加算

加算値

点滴準備

8.5

中心静脈栄養

8.5

透析

8.5

ストーマの処置

3.8

酸素療法

0.8

レスピレーター

4.5

気管切開の処置

5.6

疼痛の看護

2.1

経管栄養

9.1

モニター測定

3.6

褥瘡の処置

4

カテーテル

8.2

中央値(分/日)

 表の加算値が特別な医療・医学的管理の介護時間として妥当かどうかの議論は置き、一次判定ソフトの検討項目に入れることが難しかった医療行為は一次判定の要介護認定等基準時間の結果に下記の点数が加算されているのです。
 それならば、今の判定システムから外された第6群の5の6項目や問題行動19項目を、身体障害の判定が主な今の一次判定に、精神的障害・痴呆として、特別な医療のように加算しても良いのではないかという発想である。これは身体障害の介護と精神障害の介護をわける発想にも繋がります。

基準作りの目的
 1.どの審査会でも同じ結果になること
   公平性が確保できること
 2.認定審査の場で簡単に出来ること
   認定審査にかかる時間の短縮
 3.介護の手間を数字(時間)で表すこと
   どの問題行動も一緒ではない。
   問題行動・介護に重み付けを加える
 4.申請者の満足の出来る基準であること
   この補正後満足できる介護サービスが受けられること
 5.現在の厚生省の認定システムを否定するような方法ではないこと
   基本的には今の認定システムに補正する基準作り

 特に5は、この一次判定補正法が、2の質問にも関連しますが「厚生省の禁止」にふれないようにするために考えた方法でもあります。これまでは5.は公にはしていませんでした。 

次に2.の「厚生省の対応・厚生省は認めたのか」について

「番組の中でも触れていましたが、自治体で二次判定の基準を独自にすることは、厚生労働省から御法度という通達があったはずですが、該当の自治体には厚生労働省から指導?はなかったんでしょうか?」
こんな質問がありました。

 番組では、最後にキャスターが「独自の補正を行う所と何もしない所では自治体間の不公平があるのではないか」と質問していました。この質問にもある方からNHKの報道姿勢に抗議のメールがあり「番組として独自の工夫をしている評価し紹介しておきながら、最後には独自の方法は全国的には不公平になると言っているようで、この取り組みに水を差すような発言だ」と言うようなメールでした。

 このメールは別にして、最近は厚労省も「二次判定を公平に・効率よく進めるための一次判定の補正」は禁止していないと思います。と言うより禁止できないと思います。
 当初、独自の方法を採用した千葉県の我孫子市の市長さんが、厚生省に出頭したと言うニュースを見たこともあり、過去には独自の判定にはクレームが付いたのは事実でしょう。我々もこの補正を実際の認定審査で行うとき、厚生省から何かおとがめがある事も考えて、その時は自治体の関係者と一緒に厚生省に乗り込む覚悟で開始しました。

 そして、これを我々の医師会や自治体だけで「こそっ」と隠密に行うことも可能でしたが、これは私の性分上出来ないので、インターネットで公開し、多くの方にも見ていただき、ご意見を聞きたいと思いました。またその判定補正の結果も医師会ホームページで公表しています。

 その後、我々の「玖珂方式の補正」に関していろいろマスコミの取材もうけましたし、今回はNHKの取材でしたが、取材担当記者にこちらから、「この一次判定補正について、厚労省の考えも確認してください」と話しており、過去のマスコミ報道でも、今回の取材も厚労省は「問題はない=黙認?」との報告を受けました。

 「問題あり=独自の補正禁止」と言う結果にならないように、前述しましたように補正基準の作成には工夫もし、「あくまで一次判定の補正であり、二次判定を合議体間での差がでないよう、また一次判定の結果に上乗せして判定する」と言うように作っており、「指導」も「おとがめ」もありませんし、県の介護保険室も好意的な対応をしてくれています。

 そして「補正基準の採用」にもっと大事な事は、地元自治体との話し合いであり、幾ら我々がこんな補正基準を作っても、一次判定の変更率や要介護度は上がることであり、保険料とも関係があり地元の自治体がOKしなければ認定審査には使えません。厚生省より地元の自治体の了解の方が先の問題です。

 我々も地元自治体の事務局とも折衝を重ねた結果、自治体も了解したと言うことも忘れては行けないことです。
 こんな事もテレビの取材では話していたのですが番組では全てカットでした。

また自治体の対応についての質問もありました
「もちろん、僕自身も現在の一次判定は大間違いで、二次で修正はやむなしとは思っていますが、ある自治体では独自の2次判定を行っていることだが、我々の○○市ではどうなのかと質問すると、当時の厚生省は認めていないという返事でしたが。」

 我々の自治体にもよく各地の審査会から問い合わせが来ているようです。
 そのなかで「厚生省は認めたのか」と言う質問はよくあるようです。

 何度も言いますが、本質は「厚生省が認めたかどうかより、いかに公平に認定審査を行うかであり、今のとんでもない一次判定を続けることはそれこそ不公平な認定を続けることであること」を審査会も自治体も理解すれば、今の一次判定方法を何も工夫せずに継続することは出来ない思います。

 厚労省も日本医師会も、痴呆例の日常生活状態を再調査することにして、一部で調査を開始しました。しかし今から再調査しても、2-3年後に結論を出すまで、何も行わず申請者に「待ちなさい」と言うのでしょうか。
 今は厚生省も一次判定の欠陥は十分認識していますので、各自治体が工夫した二次判定は「問題ない」と思います。先日もある県の広域連合で我々の玖珂方式を参考にして独自の補正基準を作るとの報告もいただきました。 
 是非皆様の自治体でも独自の工夫した判定方法を行って見てはいかがですか。

 そして何度も言いますが、他の自治体でも、痴呆の判定についてはどの審査会でも工夫しながら認定していると思います。ただその方法をネットで公開しているのは私の知る限り、飯塚市医師会と玖珂郡医師会だけです。
 もっと多くの自治体や医師会に公開してもらって、情報を交換しながら、より良い認定方法を提案出来ればと思います。
 それまでの全国的な自治体間の不公平は仕方ないと思いますが、先日の朝日新聞のアンケート調査でも痴呆老人の判定については89.9%の自治体が判定に疑問を持ち精度アップを希望しているのです。個人的には痴呆老人の判定については「約10%の自治体はこれでよいと思っている事」の方が疑問ですが。
 あなたの自治体が10%の自治体にならないためにはしばらくは独自の取り組みしかないのです。

                    13年3月17日 吉岡春紀


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