第八話
Do you know???
その弐
『車椅子バスケット』という競技。
(ああ、知ってるよ。車椅子に乗ってバスケットやるんだろ?違うの??)
言ってしまえばそのとおり。
しかし、実際には『車椅子バスケット』であるがための「相違点」といったものが存在する。
まず、車椅子バスケットには「持ち点」というルールがある。
車椅子バスケットの選手には、それぞれの障害に応じて0,5点から4,5点までの点数が0,5点刻みに与えられている。そしてコート上でプレーする1チームの選手の持ち点の合計は、14点を超えてはならないとされている。
例を挙げてみよう。
ここに鈴原トウジ(第3新東京タイガーシャークス所属)という選手がいる。彼の障害は『左大腿部1/2以下の切断』という障害名だ。
彼の場合持ち点は4,5点(クラス4,5とも)となる。
この持ち点の大きな基準となるのは、座位の状態をどれだけ保持できるかということにある。車椅子を降りて床に座り、両手を水平に伸ばした状態で身体がふらついたり、そのまま倒れてしまうようならその選手の持ち点は低く、反対に何の問題もなく座位が保持できるようであれば持ち点は高くなる。
トウジの場合、不自由なのは実際の話左足だけなので座位の保持はまったく問題が無い。したがって持ち点は最高点の4,5点となる。ということはトウジがコート上にいる場合、残りの4人の選手の持ち点の合計は9,5点以下でなければならない。このことはチームで戦法を考える際に重要なポイントとなってくる。つまり持ち点の低い選手ばかりのチームは作戦を立てるときは自由度が高く、反対にレギュラー選手の持ち点が高いチームは作戦立案に必然的に制限がかかることになってしまう。
さきほどトウジたちのチームの試合開始が宣言され、コートの中央で審判がボールを投げ上げた。
相手チームの名前は『東海スカイホークス』。強豪である。
トウジの姿はコートの中には無い。
「ったくぅ!なんでにいちゃんはベンチにおらんとあかんねん?!」
鈴原カナエさんは少々ご立腹のようである。
「しかたないですよ。そんなこといったって・・・」
申し訳なさそうに答えているのは、後輩の高杉シンゴ君。
『車椅子に乗り始めて間も無いのに・・・・』
と、続けたかったところだが・・・・言えなかった。
「そりゃあ、うちかてわかっとるわ。そやけど、にいちゃんかて曲がりなりにもバスケット部の顧問やで。そんじょそこらの初心者とは格がちがうっちゅーねんっ。」
カナエはそう言うと、腕を組んで『ぶぅ!』っとふくれてそのまま観客席にどかっと座った。
とりあえずシンゴは苦笑しながら頭をかいた。
じつはシンゴにしても、いまのカナエのような気持ちになったことが無かったわけじゃない。
それははじめてトウジの練習を見にいったときのことだった。
すくなくともシンゴにとって鈴原トウジという人物は、バスケットの指導者として偉大な・・・とまではいかなくても十分に尊敬に値する対象だ。
『鈴原先生なら車椅子バスケットだって十分やっていける!いや、先輩じゃないけど、お茶のこさいさいだ。』
そう思うのはごく自然なことだった。
ところが初めてそのプレーを見たときに彼が思ったのは、
『これは・・・違う・・・・!!』
バスケットとしての基本的な考え方は、車椅子を使おうが使うまいが違いはない。
しかし実際のプレーとなると、話は別になってくる。
車椅子バスケならではのゲームの組み立て方、とでもいうのだろうか、微妙なところで普段自分たちがやっているバスケットボール競技とは違うことに気がついた。
ゲームを展開中に、ある局面があったとしよう。
すぐにシンゴは頭の中で作戦をシュミレートする。
『センターからこっちにボールを出して、こうスクリーンをかけて、こっちからフォワードが切り込んで・・・』
ところが実際に目の前で繰り広げられたプレーはシンゴの予想したものとは違っていた。
『そうか・・・目線の高さが違うんだ』
違ったのはそれだけではなかった。たとえばゲームのスピード、ゴールとボールとの距離、などが車椅子を使ったが故のスポーツであることを彼は理解した。
シンゴは逆にそのことに興味を持った。それは自分がバスケットボールのプレーヤーであるということが最も大きな理由である。ただし、幼いころから両親の影響で身近に体の不自由な人たちと接してきたことと関係があるかどうかは不明である。いずれ彼の口から語られることがあるかもしれない。
以来、彼なりに車椅子バスケットとの関わりを持ってみたい、と思うようになった。もちろん、トウジの練習を手伝いたいという本来の目的に加えて・・・である。
ただ基本的にバスケットには素人のカナエにこのことを説明しきるには、シンゴの『後輩』という立場では若干難しい面があった。したがっていまはとりあえず苦笑するしかなかったのだ。
そんな少年と少女のやり取りを、アスカたちは観客席の後方からやさしく見守っていた。半分は冷やかしも含まれていたようではあったが・・・。
トウジは先ほどから、自分の目の前で繰り広げられているゲームをじっとみつめている。
表情は読み取れない。というか表現のしようが無い。
無表情といってしまえばそれまでだが、その目は絶えずコート上のボールと、それをやり取りしている二つのチームの選手から離れることはなかった。
そんなトウジに横から不意に声がかかった。
「どうだ鈴原君。この試合、どう見るね?」
彼の横に立っていたのはチームの監督。名前を風間シンイチという。
「そうですね・・・。まだ始まったばっかりやし、なんとも言えませんけど・・・」
「けど?」
「おもろいことになりそうな気がしますわ。」
「そうか・・・。」
お互い相手の顔を見るわけでもなく、ただつぶやくような会話だったが、トウジの表情にわずかに変化があった。
「おっ!トウジの野郎、笑いやがった。」
観客席から望遠レンズでタイガーシャークスのベンチを狙っていたケンスケは、急に叫んだかと思ったらすぐに周りの撮影器材をかき集め始めた。
「こうしちゃいられない!」
「ケンスケ、なにやってんだよ?」
あっけにとられたみんなを代表するかのようにシンジが問い掛けるが、ケンスケはお構いなしだ。
「決まってんだろ、下のコートに移動するんだよ!」
「なによ、鈴原の写真とるってえの?まだベンチの中じゃない。」
アスカはそう言うとヒカリの方を向いた。
アスカと顔を合わせたヒカリも、
『ふぅ・・・』
とため息をついた。
ところがケンスケは、そんな二人のことなど一向に気にすることもなく、
「カンだよ、カン!おれのカメラマンとしてのカンさ。はっきりとは言えないけど、この試合、トウジの出番は必ずやってくるような気がするんだ。その時になって慌てたって間に合わないからな。今のうちに移動しておくのさ。」
言ってる間にケンスケは装備をすべて身につけていた。
「ってことでおれは下にいってるから、後はよろしく頼むぜ。」
そう言い残したケンスケは、唖然としているシンジたちを尻目にさっさと観客席を後にした。
「まったく・・・・。ケンスケも相変わらずだなぁ・・・。」
とは言いながら、その『カメラマンのカン』とやらが意外によく当たることをシンジは知っている。だからその呟きは決してあきれてしたわけではない。
ここで面白いことがおきた。
「洞木さん!!」
突然レイが立ち上がった。
「どうしたの?!綾波さん???」
急なことにヒカリの声も裏返ってしまう。
「行きましょ!」
「行くって・・・・どこへ?」
「相田君を追いかけるのよ!」
「は??」
目をパチクリさせたヒカリは、レイが何を言っているのかまだ理解できていないのか。とうとうレイも業を煮やしたのか実力行使に出た。
「ほらっ!早く!」
レイはヒカリの右手をつかむと、彼女を席から立ち上がらせた。いまのヒカリの状況をもし漫画で書いたら、頭の上に?マークが最低でも3つは飛んでいるだろう。そのままレイはヒカリを通路まで引っ張り出す。
「ちょ、ちょっと、あやなみさん!レイちゃんってば!」
普段はレイのことを『綾波さん』と呼ぶヒカリも、つい名前で呼んでしまった。
「鈴原君のところへ行くのよ。相田君が言ってたでしょう?必ず彼の出番がやってくるって。」
やっとヒカリはレイの行動を理解することができたが、それでもいまいち納得がいかない。
「そうだけど・・・・・、わたしたちベンチには入れないじゃない・・・。」
「だから相田君にくっついているのよ。カメラマンの助手ってことにしておけば問題ないわ。」
確かに妙案であることには違いない。しかしレイ、本当に問題ないのか??だいたいケンスケはいつのまに取材の許可を取ったのだろう。
「問題ないって・・・・レイ!あんたなに考えてんのよ!!」
何が起きたのかと呆然としていたアスカだったが、ようやく我に返ってレイにくってかかった。しかしレイはアスカのことなど一向に気にせずに話を進めていく。挙げ句の果てにはこう言い放った。
「碇君、アスカを押さえておいてね。いくらなんでも助手が3人もいたら怪しまれるわ。」
「あんたねえ!わけわかんないこと言ってんじゃないわよ!!」
シンジもさすがに『助手が二人の時点ですでに思いっきり怪しいぞ』と思っているのだが、それを口にする前にアスカがなおも噛み付く。どうやらレイに図星を指されたらしい。
「洞木さん、早く!」
トウジの練習には、カナエとシンゴがいつもくっついていた。ヒカリもトウジの側にいたいという気持ちはもちろんあったが、そうするといつも3人がトウジの周りをうろつくことになってしまう。中学生のカナエたちならたいして問題はないだろうし、シンゴにいたっては中学生とは言えバスケットボールのプレイヤーという大きなアドバンテージがあるが、さすがにヒカリはそういうわけにはいかない。だからヒカリはこれまでトウジの練習を見たことはほんの1,2度しかなかった。それだけに今日の試合には大きな期待を抱いていた。
こうなればもう遠慮することもない。ヒカリはレイのいたずらに乗っかることにした。
「わかったわ、レイちゃん!!じゃあアスカ、碇君、カナエちゃんたちをお願いね!」
結局ヒカリとレイはアスカたちを残したまま、ケンスケの後を追って走っていった。
「お願いねって、洞木さん、綾波!・・・・・あ〜あ、行っちゃったよ・・・・・。」
「なによ!優等生のやつ!!」
残されたのはぼーぜんシンジとぷんすかアスカ、それに3ばかトリオとその仲間たちの大立ち回りをライブで観たカナエとシンゴの4人だった。
『まさかレイがいきなりあんなこと言い出すなんてねぇ・・・・。』
とりあえず、もう文句をいっても仕方が無い。アスカもあっさりとあきらめた。
「ま、いいか・・・・。ね、シンジ、最近のレイってさあ、ずいぶん積極的になったと思わない?」
「うん、確かにね。」
シンジも先ほどのやり取りを思い出しながら、つい顔がほころんでしまう。
「やっぱり、あの人の影響なのかなぁ・・・・。」
アスカはそっとつぶやいた。
トウジはいまだベンチの中にいる。試合は現在、前半戦が始まって10分ほど経過したところだ。車椅子バスケットの試合は20分ハーフで行われるため、ほぼ1/4を消化したことになる。
スコアは16:14、1ゴール差でスカイホークスがリードしているが、タイガーシャークスも互角に渡り合っている。ただ、スカイホークスの選手は全体的に体格が大きいが、タイガーシャークスの選手はわりとスリムな選手が多い。そのためゾーンプレーになった場合、圧倒的なパワーで攻めてくるスカイホークスに対して、タイガーシャークスは機動力を駆使した攻撃を得意としている。まだ試合の行方は分からないが、スカイホークスがリードしてタイガーシャークスが追いつくという展開になっている。
『やっぱりちょいと押されとるな。相手はガタイがでかいだけあってゾーンを展開したときのブロックも堅いし、そのぶんうちは距離の長いシュートを打つ羽目になっとる。なんとかあのブロックを切り崩さんといかんのう・・・。』
さきほどからトウジは、冷静に試合の流れを分析していた。
『さて・・・・・・どうやって攻めたろか?』
「ミキさん、ちょっとよろしいか?」
トウジが声をかけたのはこのチームのマネージャーだ。名前は柴門(さいもん)ミキ。今年28歳になる彼女は3年前からマネージャーをやっている。学生時代からいろいろなボランティアサークルに顔を突っ込んでいたが、いまは第3新東京タイガーシャークスのマネージャーに徹している。いちおうマスコットガール的存在らしい。
「どうしたの先生?」
まあ、トウジの職業がそうなのだからべつにおかしいことではないのだが、いつのまにかそれがこのチームでのトウジの呼び名になっていた。ただし監督の風間はふつうに『鈴原君』と呼んでいるのだが・・・・、まあいい、話を進めよう。
「スカイホークスのメンバー表を見せてもらえますか?」
「ええ、いいわよ。・・・・・・・はい。」
ミキから渡されたメンバー表には、選手の名前・ゼッケン・持ち点のランクなどが記入してある。トウジはそれを見てあることに気がついた。
「なんとな!みんな持ち点の低いやつばっかりやんか!!」
スカイホークスの選手の持ち点は一番高い選手で3,0点が二人、そのほかの選手は1,5〜2,5点となっていた。
「みんなあれだけのガタイやのになぁ・・・。」
スカイホークスの選手の上半身は、はっきり言って『筋肉系』だ。もっとも日常生活の大半を車椅子とともにすごしている人々ならば(障害の状態にもよるが)ある程度上半身は強化されることはある。現にトウジのチームにもそういった選手はたくさんいる。(それにしてもマッチョやった・・・。byトウジ)
「そうなると・・・いまコートの中にでとるのは、レギュラーでっしゃろか?」
「えっと・・・ちょっとまってね。」
がさごそとミキは自分のノートパソコンをたたいて、スカイホークスのデータを呼び出した。どことなく、かつてネルフのオペレーターだった伊吹(旧姓)マヤ女史をほうふつとさせる。
ピーッ
「でてきたわ。今出てるのはレギュラーが3人ね。あとの2人もサブだけどそれなりの経験者みたいよ。」
「となると・・・・・。うちはちぃーっとばかりやっかいやな・・・。」
はたしてトウジの出番はやってくるのだろうか。
「ごめんね、相田君、どうしても洞木さんを連れていってあげたいの。だから今日一日相田君の助手にしてくれない?」
「まったくおまえらなに考えてんだよっ!助手って言ったって・・・・だいたい写真とったことあるのかよ?」
コートの入り口の前ではケンスケが呆れ返っていた。そのまえには開き直ったヒカリと、小悪魔のように笑ったレイがいる。
「ないわよ。だから荷物でもなんでも持つからさ。レイちゃんと二人、お願いっ!」
美女二人に手を合わされれば、ケンスケも承諾せざるを得ない。念のため断っておくが、あくまでもしぶしぶ承諾したことだけは報告しておこう。
「わかったよ・・・・。それじゃあ委員長はこれ持ってくれ。綾波は・・・・えーっと・・・・これだ。」
ヒカリの手には3脚、レイには予備のデジタルカメラが手渡された。
今回のオリキャラのネーミングはアレです(爆)。