リツコの憂鬱
今日また司令に本部駐在の陳情が来ていた。
緊急事態の対応に問題があるという趣旨だった。
司令は「プライバシーの侵害だ」、「日当りが悪い」などと難癖をつけていた。
後で個人的にきくと「アニメコレクションを見られるとイメージに傷がつく」と言うのが本音らしい。
仕方がないので、デジタルデータにしてMAGIのデータベースに入れておけばいつでも好きなデータを検索して見ることができると教えた。
「いつでも?執務中でもか?音楽もか?」司令の目の色が変わったのを私は見逃さなかった。
私が個人的に作業を行うことを条件に司令は引っ越しに同意した。
むしろスキップしかねないほど喜んでいるようだ。司令のマンションで私はしばらく途方に暮れた。
誤算だったのは今時、アナログデータだけでこんなにコレクションしている人間がいると考えなかったことだ。
S−VHSとアナログカセットテープさらにはアナログディスクもあった。
はじめはこのマンションからリモートでMAGIにデータを流し込むつもりだったのに、これでは自動化ができない。
まず、これ以上アナログデータが増えないように録画予約はケーブルテレビからデジタルのままMAGIに流れるようにした。
MAGIのデータベースに司令専用領域を当面、1テラバイト確保する。
SーVHSのテープをざっと見ると結構市販されているタイトルもあるのでデジタルデータを購入することにした。
配信の依頼はタイトルを見ながらポータブルに打ち込んでいく。
(後で思えばこのとき司令に確認を取っておけばよかったのだ。)
残りのテープはどこかでデジタル化しなければならない。
本部に持ち込むのは手続きが大変だし、何を持ち込んだか保安部にばれてしまう。
この部屋に機器を持ち込もうにも作業が終わる前に解約期限がきそうだ。
こういう作業を頼める友人もいないので仕方なく自室で作業することにした。
コンバーターは本部で調達するつもりだ。翌日、司令執務室に呼ばれた。
デスクのまわりを歩き回りながら、怒りを込めた小さな声で「タイマー録画がキャンセルされていた」とつぶやいた。
さっそくMAGIのデータベースから作戦会議用の大スクリーンに録画のダイジェスト画像を出すように端末から指示すると、司令はおそらくだれも見たことがないような唖然とした表情で録画に見入っていた。
その後の絶賛もかつて誰も浴びたことがないものだと思う。
問題は子供のようにはしゃぐ司令に録画予約、検索、表示を教えることだった。
司令は紙とペンで手順を書きとめるとさっそく録画の予約を確認しはじめたが、その情報源はケーブルテレビのガイドブックだった。
あきれて今度はインターネットの操作まで教えることになった。早めに自宅に帰りアナログデータのコンバートをしていると司令から秘話モードで電話が入った。
使徒かと思ったら、OSの立ち上げがうまくいかないらしい。
よく聞くと終了手順がわからないのでいきなり電源を切ったというのだ。
私も大人げないが、この後かっとなってなって司令を5分くらい罵倒した。
落ち着いてから司令が何をしでかしたのか改めて解説したが、司令にもフラストレーションがたまったようだ。
このとばっちりが誰かにいっただろうが知ったことではない。発注したデジタルデータがデータベースに入った。
また司令から呼ばれた。
「お前はとんでもないことをした」とぶつぶつ言いはじめた。
TV版と市販版は若干異なるというのである。
さらにはCMが入ってないなどと訳のわからないことをいいはじめた。
終いには「お前には失望した」と口にしたので、テープは私が保管しているからどうなっても知らない、というと懇願するような目つきになった。
結局大幅に作業が増えてしまった。
延べ作業時間は600時間をこえそうだったので4倍速リーダーの調達でミサトに協力してもらった。
何も聞かないで手伝ってもらうために今度の飲みは私が持つことになった。二週間後、なんとか作業を終わると周囲には「リツコには最近彼氏ができて残業もほとんどしないでデートらしい。その証拠に寝不足でかなり憔悴している。彼はリツコが憔悴するほどタフで映像関係の仕事をしているらしい。」という怪情報が流れていた。
「映像関係」というのは4倍速リーダーの調達でミサトがもらしたに違いない。
訳の分からない作業から開放されて今日から仕事に専念できると思うと、そんなうわさはどうでもよかった。定例の報告会が司令の執務室であった。
みんな立ったままで司令だけ座っている。
今週は静かだったのでありきたりな慢性的な問題の報告に終始した。
司令は見た目に退屈しており、そのうち端末を操作しはじめた。
司令が誰かの前で端末を操作するのをはじめて見たので嫌な予感がした。次の瞬間
大スクリーンにガンダムのオープニングが大音量で投影された。
司令の姿勢は手を組んだまま凍りつき、動揺を隠していたが額に汗が浮かんでいた。報告会が終わったあとで、私は副司令の前で司令を罵倒した。
副司令が自分の使っている超指向性スピーカー付き小型モニターを貸してやるからと見当違いな仲裁に入ってきた。
副司令は私にもアニメの趣味があるような誤解をしていたが、私はアニメの趣味はないことを説明する気力もなく退室することにした。
以後、司令は大抵デスクに座ったままである。
座って小型モニターを隠すように腕を組み、アニメを鑑賞している。
本部が停電したとき司令が先頭に立って作業したのはアニメが見られなくて暇だったことと、早くしないとアニメの録画の時間に復旧できないと焦っていたせいだ。
副司令と私だけが知っている事実だが、チルドレンやスタッフが勘違いして感動していたのには苦笑いである。ただ私としてはMAGIのデータベースを司令のデータがどれだけ侵食しているのかわからなくなってきているのが恐ろしい。
MAGIのデータベースからホストがウィルス攻撃を受けるとシステムの親和性が高いのでハッキングの成功率が高いのだ。
のちにMAGIは本当にウィルスにハッキングされそうになる。
リツコは予想されていたように手早く処置するが、「使徒ではない」と報告された。
その後、ゲンドウのデータがどうなったか、外部で知るものはいない。
創さんのオコトバ
しゃあさんから、第2弾をいただきました。こんどはリツコさんです。「どうせおまえのところは他からの投稿はあるまい。」などとメールには書いてあったんですが、否定できないのが辛い(泣)。声をかけているところはあるんですけどね。それもチョット毛色の変わったところなんですけど。
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