シンジん類亜種


人は自己を基準として「普通」の規範とする。

 シンジは自分を普通よりちょっと下の人間だと思っている。
 だから努力するのだと自分に言い聞かせるのが常である。
 アスカに言わせれば「ばっかじゃないの!?」ということも地味に努力する。
 今日も過去の使徒のデータを精査している。
 実体サンプルは大きすぎるのでもっぱらデータベースで調べることになる。
 アスカに言わせれば同じ使徒が再び襲ってくることはないのだから不毛な努力だ、ということになる。
 飽きてくるとチェロに手を伸ばす。
 普通ならテレビ三昧の世代だろうが、おじの家に長く居候だった習慣からか、つとめて静かに暮らしている。
 従って、アニメなんて見ないし知らない。
 元の学校でも浮いていたのはテレビという最もとっつきやすい共通の話題が欠落していたからかもしれない。
 先日の綾波のアニメギャグ騒動も理解しがたいものだった。

 今日は学校の創立記念日だった。
 記念講演会には著名なアニメの監督が登壇したが、シンジは周囲のミーハーな反応に追従できずにいた。
 確か、庵なんとかいう名前だったがシンジの記憶にはない。
 監督は主にアニメという仕事について話していた。
 20年もアニメ三昧の生活を続けそのままアニメの制作現場に入り、気が付けば自分が監督をやる羽目になっていたらしい。
 オリジナルTVアニメを一本やってボロボロになって長いこと休眠していたら、さすがに何もしていないので睨まれてまたTVアニメをやり、大当たりはしたがまたボロボロになり、今度は世間も休眠を許さなくなり実写の仕事で繋いでいるとまた・・・と、自虐的に半生を話した。
TVアニメはやりたかったようなのだが、環境の変化には困っていたようだ。
 「明示的に人を殺したら叱られる、喘ぎ声だけを2分間流したら叱られた、パンチラを描いたら叱られた・・・」などとやたら叱られる話になっていた。
 使徒と生死を賭けて戦っている身から思えばまさに「絵空事」に聞こえる。
 「アニメだけじゃなく、いろんな世界を見てください。」とアニメ監督らしからぬ言葉で締めくくられたが、アニメ以外の世界しか知らないシンジは無反応である。

 講演会が終わってNERFに行くと、なんと先程の庵なんとか監督が来ているではないか。
 リツコさんが溜め息ながらに「監督の要望と司令の願望が一致したの」と説明してくれた。
 メカメカした物がある部署を中心に日頃は一般人にも見せないような場所も見学させていた。
 それも司令自らが説明している。
 説明する司令の声は若干上ずり、足元も軽快で、しゃべらなくてもいいことまで暴露していた。
 明らかにハイになっている。
 司令はブリーフケースを携えているが、これも珍しい。
 「中身は色紙とサインペンで、サインをもらう機会を狙ってるのね。」とリツコさんは鋭い観察をしていた。
 この後、ミッションルームで二人だけで三時間も話し込んでいたので、おそらくサインももらえたのだろう。
 二人の会話の中身が骨董アニメに関してだったことは容易に想像できる。
 「LANのトラフィックからすると大量の動画データのリクエストがあったみたいね。」と、リツコさんが裏づけてくれた。

 ミッションルームから出て来ると二人とも明らかにテンションが高かった。
 嫌な予感がしたのかリツコさんはモニタールームからあわてて追っていったが、事すでに遅かったようだ。
 「一般人にエヴァを見せるなんて何考えてるのかしら!」
 この後、二人はいそいそと本部を退出し「接待」に出かけていった。

 大人ってわからない、というシンジの感想に、「オタクが分からないだけよ」とリツコさんが指摘した。

 

 騒動の翌日、シンジは初号機の頭部に庵なんとか監督のでっかいサインを発見した。
 司令が頭部装甲を外して永久保存すると言い始める前に、赤木博士はこのサインの消去を指示した。
 シンジはマジックリンの用意をしながら、この分野に限っては自分が「普通」なんだと感じていた。
 もっとも、作業をしながらシンジは、使徒の実体サンプルを組合せると初号機で演奏できる巨大チェロが作れそうだ、などと突飛もない夢想をしていた。


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