光のあるところには、必ず影ができる。医療の世界でも同様で、難病に苦しむ人にとって新しい治療法としての薬物療法が開発されたときには、マスメディアはこれで全ての人々がその難病を克服できるかのような報道がされることが多い。病魔に苦しむ患者さんにとって光明を与えることができたと光の部分のみが強調される。患者さんや家族はそれを信じて、新しい治療法に望みをかけることになる。両刃の剣という言葉がある。薬も使い方によっては薬にも毒にもなるということである。すなわち、影の部分もあるということである。関節リウマチの治療に精通した医師になろうとするならば、新薬が保険治療薬として認められたとき、その薬効と使用上の注意を学ばなければならない。講演会に出席し、より多くの情報を得ようを努力することになるが、光の部分のみ強調されて、何故か影の部分があるはずなのに、新薬を推奨する演者は影の部分を論じることが少ないような気がする。しかしながら、新薬が発売され数年経てからは、多数の症例からの臨床医の反応があり、この新薬は副作用が少なく、薬効に優れた素晴しい薬であるとか、反対に副作用が多く、期待したほどの薬効はなかったとかが判明して、正直な回答が出てくることが多い。


関節リウマチの治療薬は、大きく分けて次の4つに分類される。すなわち、@非ステロイド抗炎症薬、Aステロイド薬、B抗リウマチ薬、C生物学的製剤である。それでは、どのような薬を用いて治療戦略を立てれば良いかということになる。2002年版アメリカリウマチ学会の治療ガイドラインがある。関節リウマチ治療の最終的ゴールは、関節破壊の阻止、機能障害の阻止、疼痛の緩和である。これらの目的を達成するためには、まず、早期に関節リウマチの診断を確定することであり、患者教育と平行して、初期治療として非ステロイド抗炎症薬、症状の程度によっては少量のステロイド薬内服や関節腔内注射などで開始し、日本リウマチ学会の推奨度Aの抗リウマチ薬(ブシラミン、サラゾスルファピリジンなど)を使用するのが一般的である。非ステロイド抗炎症薬はシクロオキシナーゼ−2選択的阻害を有する薬が胃腸障害が少なく、エトドラク(商品名:ハイペン)、メロキシカム(商品名:モービック)、セレコキシブ(商品名:セレコックス)が良いとされている。また、ステロイド薬使用中は副作用としてステロイド骨粗鬆症を予防するため、骨粗鬆症治療薬を併用すべきである。抗リウマチ薬を3ヶ月間治療しても効果が不充分な例では、メトトレキサート(商品名:リウマトレックス、メトレート)を使用すると良好な効果が得られることが多い。最近では、早期にメトトレキサートを使用することが多くなっている。次に、メトトレキサートを使用しているにもかかわらず効果が不充分な例については、免疫抑制剤のタクロリムス(商品名:プログラフ)、または生物学的製剤、すなわち、インフリキシマブ(商品名:レミケード)の点滴静注、エタネルセプト(商品名:エンブレル)の自己皮下注射などを使用するかの選択が必要となる。特にインフリキシマブを使用すると、中和抗体が産生され効果が減弱されることからメトトレキサートとの併用が健康保険上義務付けられている。治療に難渋する患者さんにとっては、これらいずれの薬剤もその治療効果を発揮することができることが多い。私の経験から推察するに、関節リウマチ治療において抗リウマチ薬によって、約半数の患者さんが救われ、残りの半数の約70%がメトトレキサートを内服することによって救われ、全体の15%前後の患者さんが治療に難渋し、タクロリムスや生物学的製剤の使用を余儀なくされているのではないかと思われる。タクロリムス、生物学的製剤は大変高価な薬剤であることから、保険適応であっても1割、または、3割の負担割合で1ヶ月にどの程度の一部負担金になるかを計算してみる必要がある。患者さんにとってタクロリムスや生物学的製剤を使用することによって一部負担金が増大することは、経済的に困難な患者さんもいることから薬剤効果とは別に治療上重大なことである。例えばタクロリムスは、初回は1日0.5mgを3カプセル内服して、効果ない場合は血中濃度測定をして濃度が低ければ、1日1.0 mgを3カプセル内服する必要があり、1日の薬価は1.5mgで約1,460円、3.0 mgで約2,580円となる。したがって、3割負担では1ヶ月それぞれ約1.3万円と2.3万円になる。また、レミケード点滴維持療法は8週間に1回の3割の負担で約7万円、エンブレルは週2回の皮下注射で1ヶ月の3割負担は約4万円必要であり結構高価である。また、その他の生物学的製剤の自己負担率もあまり変わらない。素晴しい薬効が光ならば経済的負担は、影の部分かもしれない。


生物学的製剤は確かに効果がある。私が経験した例の一部を紹介する。患者さんは42歳の男性で、抗リウマチ薬を使用しても効果がなく、メトトレキサートは副作用のため使用できなかった。ステロイド薬(プレドニン12.5mg)内服しても、関節の疼痛、関節の腫脹、発熱を反復し、緑内障も併発したことから、エンブレルを使用したところ、激的に症状は改善し、血沈、CRPは正常化して、プレドニンを漸減して離脱でき、緑内障も改善された。エンブレル使用前は活動性の高い関節リウマチのため就労困難となり退職していたが、半年後社会復帰し、現在も就労して通常の生活を送っている。エンブレルのお陰で患者さんからも大変感謝されている。また、別の女性患者さんであるが、種々の抗リウマチ薬の効果は無く、または副作用のため使用できず、エンブレルの自己注射も恐怖のために使用できず、治療に難渋していた。タクロリムスを投与したところ、2ヶ月後にリウマチ症状が著明に改善した。日常生活にあまり支障なく自立した生活を送っている。レミケードは点滴中または点滴後の副作用の危険性があるため総合病院に点滴のみ依頼し、メトトレキサートなどの薬剤管理は当院で行い、2人の主治医体制をとって万全を期している。


これらの薬の効果はピカ新の薬だけあって素晴しいが、副作用として免疫力低下による感染症発症の危険性がある。陳旧性肺結核が再燃した例や、風邪から肺炎となった例があることから注意を要する。素晴しい薬効は光であり、副作用と高価な経済的負担は影であることを認識しておく必要がある。最近はサプリメント(健康補助食品)が氾濫している。これもまた高価である。成分は食品より抽出したエキスであることが多い。薬ではないので効能も定かではない。これを1ヶ月に数万円も出して買い求めるならば、生物学的製剤の代金を支払う方が得策であるかもしれない。 





  

                                                                       

『関節リウマチの新しい治療法の光と影』