第四話

一緒に行こう!!


後編・A Part

(作者注・{}は手話の会話)


{よし!じゃあ今日はぼくについておいで!}

「え?あっ・・・・・・」

周防はレイの手を取るとどんどん奥に入っていった。

レイは引きずられるようにその後をついていく格好になった。

周防がやってきたのは大劇場ではなく、その奥にある小さな小劇場。セカンドインパクト前のレトロムービーを専門に上映しているところだ。二人はその映画館の前に張ってあるスチール写真の前に立った。いま上映しているのは20世紀後半のニューヨークに幽霊が現れ、それを退治すべく3人のオトボケ科学者がたちあがるといった内容の映画だ。
一方いきなり周防に手を取られたレイはスチール写真を見るどころではなかった。そもそも初めてのデート?ということでアスカに付き添いを頼んだくらいの彼女のことだ。男性に手を取られて落ち着いていられるわけが無い。


ドクン・ドクン・ドクン・・・・・・・・・

『自分の心臓の音が直接聞こえてきそう・・・・・』

頭の中が白くなってくる・・・・・・

『こんな感じ初めて・・・・・・でもいやじゃない・・・・・』


ところが周防はレイの様子を知ってか知らずか、

{この映画にしよう。}

彼はさっさと二人分のチケットを買うと再びレイの手を引っ張って中に入っていった。
中に入ると100あまりの席のうち約半分が埋まっていた。最新作の映画と違って、こういったレトロな映画は一部のマニアくらいしか観劇しないのがふつうである。
周防はバラバラに空いている席の中から二人分の席を見つけるとレイを連れていった。

席に座ろうとして、はじめて周防は自分がレイの手を握っていたことに気がついた。

{うわ、ご、ごめん。勝手に手をにぎって・・・・。}

周防は思わずレイの手を離すと慌てて謝った。

『・・・・・・・・・・・・』

たしかに手を握られていて恥ずかしかったのは事実。でも心のどこかに、なにか暖かいものを感じていたことにも気がついた。
レイもなにか言おうとしたがどう答えていいのか解らない。

「え、と、・・・な、何か飲み物買ってきます!」

レイは手話を使う事も忘れ、そのまま出口へと走っていった。

ドアを開けて外に出るとすぐそばに飲み物の自動販売機があった。レイは販売機の前で『ふぅ・・・』と軽くため息を吐くとコーラを2本買った。取出し口に手を入れて缶をつかむ。ひんやりとした感触がつたわってくる。そのときレイはあることに気がついた。

『さっき感じた暖かい感じ・・・・周防さんの手が暖かかったんだ・・・・・・』


























『もっといろんなことを経験しなさい・・・・・・か・・・・・・・』



























『よし!!』




























『綾波レイ、いきますっ!!』


























席に戻ると周防が神妙な顔でレイを迎えた。

{いきなり出ていったから、気を悪くして帰ったのかと思ったよ。}

周防に言われてレイはさっき手話を使わなかったことを思い出した。すぐに謝ろうとしたが両手にコーラを持っているために手話を使うことが出来ない。焦るレイ。

周防は黙って座席に着いているカップホルダーを起こした。レイは慌ててホルダーに缶を置くと、今度は手話で、

{すみません。思わず慌ててしまって・・・・。飲み物を買いに行ったんです。}

そういって頭を下げた。

すると周防が笑いながらレイにコーラの缶をわたした。もちろん彼もレイが帰ってしまったなどとは思っていない。

{冗談だよレイちゃん。誰もレイちゃんが帰ったなんて思ってないよ。}

{冗談?}

{そ、冗談。}

『むー!』

レイはほっぺたを膨らませると、今度はわざと手話を使わず、それでも周防が読み取り易いように大きく口を開けてこう言った。

「す・お・う・さ・ん・の・い・ぢ・わ・る・!」

こんどは周防が謝る番だった。

{ごめんごめん。悪気はなかったんだ。それよりも早く座りなよ。もうすぐ始まるよ。}

そういって彼は時計をレイに指し示した。

























閑話休題


場面は変わってこちらは映画館でレイ達と別れたアスカとシンジ。ふたりはまずすこし早めに昼食をとって、あとからゆっくり中を見てまわることにした。そんなわけでいま彼らがいるのはレイ達のいるフロアのすぐ上の階にある飲食店街。ここにはファーストフードから高級フランス料理まであらゆるジャンルの店が並んでいる。これだけの店があればどの店に入るか迷ってしまう。

「う〜ん。ものが有り過ぎるっていうのも考えものよねえ・・・・・・。」

「そうだね、何食べようか・・・・・。」

「シンジはやっぱり和食が良い?」

「何でもいいよ、ぼくは。アスカは洋食の方が良い?」

「アタシも何でもいいわ。ねえ、久しぶりに中華にしようか?」

「いいね。」

「いちど飲茶ってしてみたかったんだ。」

「ぼくもしたことないな〜。」

「でもさ、変だと思わない?」

「なにが?」

「中国人ってお茶だけでおなかいっぱいになれるのかなー?さすが4,000年の歴史よね〜。」

「・・・・・・・・・・・・・」

「どうしたの?シンジ。」

「あのさ、アスカ。」

「なに?」

「それ絶対にぼく以外の人の前で言うなよ!!。お願いだからさぁ・・・・・・・・・。」

「??なんで??」




























『前に映画を見たのは・・・・いつだったかしら・・・・・・・・・』

第三新東京市にいた頃、シンジやアスカと何度か見に行ったことはあった。しかしそれも自分から言い出したことはなく、たいていの場合アスカが自分の見たかった映画にレイを連れて行くというパターンだった。『アンタも女の子なんだから、こーゆー映画を見ていろいろ勉強すんのよ!』などといって連れて行かれる映画はたいていラヴストーリーものだったが、そのころはそれがなんの勉強になるのか良く解らなかった。もちろん宇部新都市に来てからは一度も行った事はない。

映画の物語はどんどん進んでいく。

封印がとけて次から次へと現れてくるゴーストたち、しかしそれはおぞましいものというよりもどこかコミカルな連中。会場では出てくるたびに笑い声が上がる。

いつしかレイも会場の笑いの中に溶け込んでいた。










映画が始まってどの位たっただろうか・・・・・・。
レイはふと自分の隣にすわる人のことが気になった。そっと目をやってみる・・・・・・・・・。

『笑ってる・・・・・・・・』

『みんなと一緒に・・・・・・・』

周防は笑っていた。時には手を叩いて・・・・・それはいささかオーバーアクションのきらいも無いではないが・・・・・・・・・映画に夢中になっている彼は、さきほどから赤い瞳がずっと自分を見つめているのも気がつかないでいる。







レイはしばらく映画を忘れて周防の顔を見つめていた。すると思い当たることがあった。
耳の不自由な人の中には、周防のように洋画が好きな人が多い。それは字幕が付いているから。
いまこの映画館にいる人の中で耳が不自由な人は恐らく周防ただ一人だろう。そしてそのことを知っているのはレイだけである。もちろんそのことはこの中にいる他の観客にはどうでもいいことで、彼らはただ単にこの映画が見たいからここに来ているだけである。それはレイと周防も同じだ。


『みんなが同じ時間を過ごすこと・・・・・・・こういうことなのかもしれない・・・・・・・・』


たしかに周防にはこの映画のBGMや効果音はほとんど聞こえていない。それでもみんなが笑う場面では彼も一緒に笑っている。
この空間の中では喋れない彼と英語の解らない観客の間には、ATフィールドは存在していなかった。

























閑話休題U


「あれが飲茶だったんだ・・・・・へへっ」

「でもおいしかったね。」

「さてと、それじゃあつぎは買い物ねっ!」

『いやな予感・・・・・・・・』

「いっくわよぉ!」

『汎用人型買い物兵器アスカ弐号機起動しました。たぶんこの後暴走します・・・・・・・・。』

























♪ずんずんちゃかちゃんちゃーんちゃーん♪ずんずんちゃかちゃんちゃーんちゃーん・・・・・・・・

映画が終わった。BGMが流れ、スタッフロールがすぎていく。
レイは初めすぐに出ようとしたが、周防に『ちゃんとスタッフロールまで見るのが、映画を作った人に対する礼儀だよ。』とたしなめられた。

レイは恥ずかしかった。いままでそんなことは考えた事もなかったから。同時にそんな考えを持っている周防のことが少し大きく見えた。だから素直に謝った。

{ごめんなさい。周防さんの言うとおりだと思います。}

{いや、いいんだ。ぼくが勝手に思ってるだけだから。}

レイに謝られて慌てる周防。

{いいえ。そういうふうに考えられる人って素敵だと思います。}

{そうかい?レイちゃんにそう言われるとうれしいね。}


最後のテロップが流れ、場内が明るくなった。


{おわったね。}

{はい。}

{じゃあ、食事に行こうか。}

{はい。}


ふたりが会場を出たのは一番最後だった。



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あとがき

年内には終わります。たぶん・・・・・・・・。

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