第四話

一緒に行こう!!


後編・B Part完結

(作者注・{}は手話の会話)


会場を出ると周防はレイの方を振り返った。

{どうだった?今の映画。}

{はい、・・・・}

『そういえばよく見てなかった・・・・・・・・』

べつに上映中寝ていたわけではない。ただ、周防がどのように映画を楽しんでいるのか気になって、彼の顔を見続けていた時間の方がスクリーンを見ていた時間よりも長くなってしまったのである。
だからといって『ずっと貴方の顔を見てた』と言うわけにもいかず、なんと答えようかと思っていたところ、ふと売店の片隅においてあったキャラクターの人形が目についた。

{おばけが・・・・}

{おばけ?}

{かわいいと思いました。}

{かわいかった・・・・}

{はい。}

{はは、じゃあとりあえずは楽しんでくれた?}

{はい、楽しかったです。}

レイは本当に楽しいと思った。もちろん映画自体も楽しかった。もしかしたらこんなに楽しんで映画を見たのは初めてだったかもしれない。しかしそれよりも新鮮だったのは、他の観客と一緒に映画を見ている周防の姿、ちゃんとスタッフロールまで見届ける彼の態度、どれもがレイにとって印象的だった。なによりレイ自身初めてのデートだったのだから・・・・・・・・・・・・。

{レイちゃんが楽しんでくれてなによりだよ。あ、そうだ。ちょっと待ってて。}

周防はそう言い残すと売店に走っていった。

戻ってきた彼の手には小さな紙包みが一つ。

{はい、これレイちゃんに今日の記念。}

{わたしに?}

{ああ。開けてごらん。}

紙包みから出てきたのは先ほどの映画のクライマックスシーンに出てきたキャラクター人形だった。

「わぁ・・・・・」

おもわず微笑むレイ。

{ありがとうございます。大切にします。}

{いや、そんな大袈裟なものでもないよ。}

そう言いながら、周防も満足そうな顔を見せた。












映画の上映時間がちょうどお昼どきだったため、ふたりが出てきた時には飲食街もそのピークを過ぎていた。やってきたのはパスタの専門店。

二人は食後のティータイムをとっていた。

{なんにしても今日はつきあってくれて、ほんとうにありがとう。}

そういうと周防は少しおどけてペコリと頭を下げた。

{いえ、わたしのほうこそ。}


実はレイは周防に誘われた時から聞いてみたいことか一つだけあった。ただそれを聞くことが許される事なのかどうか心配だったため今まで聞けないでいた。このことはアスカにもシンジにも相談していない。

{あの、周防さん。}

{ん?なんだい。}


{どうしてわたしを誘ってくれたんですか?}

レイは思い切って周防にたずねた。


{理由が知りたいの?}

{・・・・・・はい。}


{なぜかというとね・・・・・・・・・}

急に周防は真剣な顔つきになった。

おもわず緊張するレイ。

{あみだくじ・・・・・・・・}

{は?}

{ぷっ。うそ!}

みると周防は人差し指で頬をとんとんと叩いている。

{ごめん、ちゃんと話そう。}

{レイちゃんがサークルに入ってきた時、『ずいぶんとおとなしい子が入ってきたな。』って思ったんだ。ずっと続けていくことが出来るのかなってね。そういう人はなかなかぼくたちろうあ者とも話をするきっかけがつかめないまま、サークルから離れてしまうことが多いからね。
だけどレイちゃんはそのままずっと手話の勉強を続けて、いつのまにか手話通訳のボランティアもできるようになっていった。そのうち勉強会の計画をレイちゃんと一緒に作るようになって、『この子はどういう子なんだろう?』ってレイちゃんに興味を持つようになったんだ。}


{興味・・・・ですか?}


{あ、え、と、興味って言い方はレイちゃんに失礼だな。気になるって言うのかなぁ・・・・}

周防は慎重に言葉を選んだ。

{普段の綾波レイ、サークルの時以外のレイちゃんという女の子はどういう人なんだろうってね。}

レイはじっと周防の手話を読み取っている。

{ろうあ者の中でね、レイちゃんに通訳をしてもらった連中がよく言ってるんだけど『レイちゃんと一緒にいるとなんだかとても落ち着くんだ』って。『おふくろみたいな感じがする』って。まあ、おふくろはないよね。レイちゃんの歳で。ははっ。}

『おかあさん・・・・・・』

『むかし碇君にも言われたことがあったっけ・・・・・・』


あれはまだエヴァに乗っていた頃、ネルフ本部のエレベーターの中での事・・・・・・

シンジがレイの中に、死んだ自分の母親の面影を見ていた頃・・・・・・・

『そういえば今日掃除の時間、綾波ぞうきんしぼってただろ。あれ、お母さんって感じがした・・・。』

『おかあさん・・・・?』

『うん・・・。お母さんのしぼりかたって感じがした・・・。けっこう綾波って主婦とか似合ってたりして・・・はは・・・。』

『な、何を言うのよ・・・・!』



『あのときはただ恥ずかしかった・・・と思う。まだ『恥ずかしい』という気持ちがどういうものか良く解らなかったけど、鼓動が早くなって・・・耳たぶが熱くなって・・・どきどきした。おかあさん・・・・わたしには無いものなのに・・・・・・・』



{ん?どうかしたの?}

{いいえ・・・。なんでもないんです。あの・・・・おかあさんってよくわからないんです。}

{おかあさん・・・・・・・・いないの?・・・・}

{はい・・・・・・・}



{まずいこと言っちゃったな・・・・・・・ごめん。}

{あの、気にしないでください。}

{ほんとにいいんです。昔の事ですから・・・・・・。}

しばし二人の間の空気が止まる。


{周防さんのおかあさんってどんな方なんですか?}



周防は少し間を置いて、ゆっくりと話し出した。

{ぼくの耳が聞こえなくなったのはね、3歳の時なんだ。もちろんぼくは覚えてないけど。ちょうど妹が生まれたばかりの頃だった。原因不明の高熱が出てね、一週間ぐらいその状態が続いたらしい。結局熱は下がったんだけど、そのときにはもう耳が聞こえなくなってたんだ。それで親父がいろいろな医者に僕を連れていって診てもらったんだけどだめだったんだ。おふくろは妹を生んだばかりだったしね・・・。親父に頼るしかなかったと思う。}


レイはじっと彼を見つめる。

{それで福祉事務所や教育委員会の勧めもあって、ろう学校の障害幼児教室に通うことになったんだ。それからは聴能訓練の毎日さ。親父はいつも勤めに行く途中に僕をろう学校に連れていって、仕事の帰りに学校から僕を連れてかえるのが日課だった。おぼろげだけど親父に手を引かれてろう学校に通ったのを覚えているよ。}

{ところがその親父が死んじまった・・・・・・・・・・・・。}

{セカンドインパクトでね・・・・・・・・・・・。}


『セカンドインパクト・・・・・・・・・。』



{親父が死んだ時にね、おふくろはぼくたちを道連れに心中しようとした事があったらしいんだ。セカンドインパクトで世の中が混乱していたせいでもあったんだろうけど、耳の不自由な息子の未来を悲観してね・・・・・・・・・・・。ところがその寸前で思い止まったんだって。それからはおふくろは女手一つでぼくたち兄妹を育てくれたんだ。}

{そのことをおふくろから聞いたのはろう学校の中等部を卒業した時だった。手紙を渡されたんだ、おふくろから。『おまえもこんどは高校生だから』ってね。その手紙にぼくが生まれたときのことや、親父への想い、ぼくら兄妹のことがたくさん書いてあった。おふくろはね、手話があまり出来ないんだ。ほんとうは手話の勉強をしたかったらしいんだけど、ぼくらを育てるために働きづめだったからね。時間が無かったんだとおもう。}

{おふくろのこと、うまく言えないけど・・・・・・・・おふくろが心中を止めてくれたおかげでこうしてぼくは生きている。それだけでも感謝してるんだ。もちろんそのためにおふくろの人生は苦労の連続だったかもしれないけど、もしぼくがおふくろと一緒に死んでいたら今こうしてレイちゃんと一緒にいることもできなかった。耳が聞こえないことも、物心ついた時にはもうその状態だったからそれがあたりまえだったしね。まあ、そうは言っても耳が聞こえるってどんな感じだろうって興味はあるけどね。なんだか話がめちゃくちゃになっちゃったね。ごめん。}

{でもこんな話してよかったのかな?}



周防はさきほどのことを思ってあえてレイに訊ねた。

レイはコクンとうなずくと、

{周防さんのこと、少しわかったような気がします。}

{どうして?}

{周防さんのおかあさん、すばらしい人だと思います。}

{そうかぁ?何の変哲も無いおばさんだよ。}

するとレイは静かに首を振って、

{さっき、映画が終わってわたしが席を立とうとした時に周防さんに注意されたでしょう?}

{うん。}

{あのとき、周防さんの人柄が少し解ったような気がしたんです。でもそれが周防さんのおかあさんの影響だって、いま解りました。}

{おふくろのこと、まだ全然話してないと思うけど・・・・・・・・・。}

{それでもわかったんです。}

{そう?}

{はい。}

世の中に両親の愛に恵まれなくても立派に生活している人はたくさんいる。しかしレイは両親の愛情に飢えて、あるときはそれを渇望しながら、そのことを人に知られまいとして自分を偽り、人を傷つけ、他人との関わりを遮断し続けていた少年と少女を知っている。いかに彼らの置かれていた状況が一般の常識では考えられないものだったとしても、結果として彼らは一度はその精神を崩壊させてしまっていた。そんな彼らが立ち直れたのは自分たちの母親の愛情に気がつくことが出来たからであった。

周防の母親も一度は心中をしようとした。それがなぜ思い止まったのかは解らない。しかし彼女は耳の不自由な息子と生まれたばかりの娘を一人で育てる決心をした。そうして息子はやさしい、他人への心遣いも忘れないような人に育った。それは彼の母親の愛情の深さによるものであることは間違いない。

『周防さんのおかあさん、いつか会ってみたいな・・・・・・・・・。』


{ま、おふくろの話はこのくらいにしておこうか。}

{え、はい。}

{それよりもきみたち3人は本当に仲がいいね。}

{碇君とアスカですか?}

{うん、つきあい長いんだろ?}

{そうですね・・・・・・・}

と、ここでレイは手話につまってしまった。

{周防さん。}

{うん?}

{『クサレ縁』って手話はどうすればいいんですか?}

































閑話休題V


そのころ暴走した汎用人型買い物兵器に翻弄されたシンジは、そろそろ活動限界をむかえようとしていた。

「アスカぁ〜、そろそろ待ち合わせの時間だよ〜。」

「ええええぇ〜?!まだ見てないところいっぱいあるのにぃ〜!」

「無茶言うなよ!今日一日で全部回れるわけないだろ!」

「わかってるけどさー・・・・・」

「今度また連れてくるよ・・・・・・」

「ほんと?!」

「うん・・・・」

「ずぇ〜ったいにほんとねっ!」

「約束します・・・・・・」

「じゃあ、しかたないわねー。(フフフ・・・これが作戦A−25の正体よ・・・)」


























「ところでさ、ミサトさんのところにお土産買わない?」

「お土産?」

「うん。このあいだワイン送ってもらっただろ。ぼくたちもなにか買って送ってあげようよ。」

「良い考えね、なに送ろっか?」

「実はさ、博多に来るって聞いた時から考えていたものがあるんだ。」

「そうなの?」


そういってシンジがアスカを連れてきたのは、ギフトコーナーだった。

[ねえシンジ、何を送るつもりなの?」

「今探してるんだけど・・・・・・・あ、あそこだ!」

そこは博多人形のコーナーだった。

「なによー、人形じゃない。」

「そう言わずにさ。お、これこれ。」

シンジが手に取ったのは、背負った子供を風車であやしている姿の博多人形だった。

「うわあ・・・・・かわいいわねぇ。」

「だろ。これを探してたんだ。」

アスカもシンジと一緒になってしばらくの間その人形を手にとってながめた。

「そうよね、あれでも1児の母だもんね。でもイメージにギャップが有り過ぎるんじゃない?だいいちミサトの子供ってもう赤ちゃんじゃないわよ。」

「それはそうなんだけど、なんかこの人形ってほんと『おかあさん』って感じがするだろ。」

「・・・・・・・・うん・・・・・・・」

「だから・・・・・・ね。」


二人が思い浮かべたのは亡き母親の面影・・・・・・


「わかったわ。この人形にしましょう。」

「ありがとう、アスカ。」

「・・・・いいのよ。シンジの気持ち、よくわかる。アタシもおなじよ。」

「・・・・うん。」

「じゃあこの人形の代金、アタシが払うわ。もともとミサトの旦那がアタシにってワイン買ってくれたんだもん。」

「でも、ぼくも一緒に飲んだんだし・・・・・。」

「いーのいーの。あぁぁぁ、もしかしてシンジぃ。ヤキモチ妬いてんのぉ?」

「な!なにわけわかんないこと言ってんだよ!」

「へっへーんだ。」

そういうとアスカは人形を手に持ってレジへと歩いていった。


「まったくもう・・・・アスカの奴。」

苦笑しながらシンジもアスカの後を追おうとしたが、ふと目についたものがあった。

「あれは・・・・・・・・」

レジの方に目をやるとアスカはまだ店員と話をしている。どうやらアスカが持っていったのは見本用で売り物は別のところにあるようだ。

「よし!」

シンジはその見つけたものを手にすると、アスカとは反対のレジで支払いを済ませた。

そのころ、アスカは支払いを済ませて人形を受け取るところだった。そこにシンジがやってきた。

「もう!なにしてたのよ!」

「ごめん、ちょっとね。」

などとやっているところに店員が包みを持ってやってきた。

「あのー、お待たせいたしました。こちらでございます。」

「あ、どうも。」

営業スマイルで包みを受け取るアスカ。すると店員が、

「お客様、旅行のお土産でございますか?」

「ええ、新婚旅行なんです。」

「な!・・・・・・・」

シンジは横で口をパクパクさせている。

「それはそれは、おめでとうございます!お似合いのご夫婦ですわ。」

「ありがとうございます。」

ニコニコ顔で答えるアスカ。

「また博多にぜひおこしくださいませ。」

「ええ、そのつもりですわ。それじゃあ。」




























結局シンジは駐車場に着くまでの間、まるでディラックの海を漂っているような気分だったが、我に返ると、

「アスカ!さっきのはなんなんだよ!」

「いいじゃない。べつに。」

「普通いきなりあんなこと言うかぁ?!」

「なによー!アタシとじゃいやだってーの?!」

「そういう問題じゃないだろ!」

白熱している二人はレイと周防がパーキングエリアにやってきたことに気が付かない。



エレベータを降りて、周防たちが見たのはパーキングで言い争っている(?)シンジとアスカだった。

{レイちゃん、アスカちゃんと碇君、ケンカしてるんじゃない?}

{え?・・・・・・ああ、問題無いです。}

幸か不幸か、周防にはアスカたちの会話の内容が聞こえない。

{そうかなぁ・・・・}

{あれが仲の好い証拠なんです。あの二人は。}

{ふうん・・・・・・・・}








「アスカ、碇君、またせてごめんね。」

「「レイ!(綾波!)、周防さん!」」

{おまたせ、遅くなってしまって申し訳ない。ついついレイちゃんと話し込んでしまって・・・・・}

それを聞いたアスカは、いわゆる『チャ〜ンス』の顔(新世紀エヴァンゲリオン本編第八話参照)でレイに小声で迫った。

「もしもし、綾波レイさん。なーにをそんなに話し込んでしまったのかな〜?」

思わず赤くなるレイ。

「なに赤くなってんの?まるで弐号機ね。」

ところがここでアスカはレイの反撃を受けた。

「わたしもアスカに質問していい?」

「なによ?」

「さっき新婚旅行がどうとか言ってなかった?」

「げ!・・・・・」











博多を後にしたシンジのワゴンはラゲッジルームにアスカの買い物を載せ、後席には仲良く眠っているレイと周防を乗せて山口に向け高速道路をひた走る。

「シンジ、後ろのふたり仲良く眠ってるわ。」

「ほんとだ。」

シンジもバックミラーを覗き込む。

「結構お似合いだと思わない?」

「アスカもそう思う?」

「じゃあシンジも?」

「うん・・・・・・・・・」

「そう・・・・・・・・・」






車のまわりには、夜の帳が下り始めている。

「シンジ、ごめんね。きょうは一日つきあわせちゃって。疲れたでしょう?」

「ううん。なんでもないよ、このくらい。」

「あのね・・・・一つ聞いてもいい?」

「なんだい?」

「さっきミサトに送る人形買ったでしょ。シンジあの人形のこと、前から知ってたみたいだけど・・・・・・」


「ぼくが父さんに呼ばれて第3新東京市に来る前に、先生のところにいたのは前に話したよね。」

「うん。」

「あのころは友達もいなくって、本ばかり読んでたんだ。何の本だったか覚えてないけど、その時にあの人形が本に載っててね。すごく印象に残ってたんだ・・・・・・・・。」

「そうだったんだ・・・・・・・・」

「実際今日あそこにあの人形があるかどうか不安だったけどね。」

「よかったね・・・・・・・・・・見つかって。」

「うん・・・・・・・・」

「ミサトにさ、手紙も一緒に送ろっか?」

「いいね、ぜひそうしようよ。」

「じゃあ帰ったら一緒に書こうよ。」

「うん、ぼくらの元保護者だもんね。」

「晩御飯、どこかで食べて帰ろうか?」

「いいの?」

「このうえシンジに晩御飯まで作ってもらったんじゃ申し訳ないもん。」

「ありがと。」

「割り勘だからね。」

「ぐ・・・・・・・・・・・・。」





























4人は一緒に食事を済ませ、シンジはレイと周防をそれぞれの家まで送りとどけると、アスカとマンションに帰ってきた。まずはふたりで買い物の荷物をアスカの部屋に運び込んだ。

「さてと、これで荷物は全部よね。シンジ、リビングで待っててくれる?便箋とペン持ってくるわ。」

「OK。」

シンジはリビングへと入っていった。もっとも部屋の間取りはシンジの部屋とまったく同じである。ただ家具などの調度品がその部屋の主の個性を主張していた。とはいえ、シンジの部屋の家具が日本調であるのに対し、アスカのそれはヨーロッパ調であるといった程度のものだ。

そのうちのひとつ、窓の横にあるサイドボードにシンジは目をやった。そこに飾ってあるのはシンジとアスカのふたりで写っている写真。第3新東京市に居た頃、ケンスケが写してくれたものだ。その横にあるのは・・・・・・・・・アスカの実の母親『惣流・キョウコ・ツェッペリン』の写真。シンジはしばらくその写真を見つめていたが、上着のポケットに手を入れるとさきほどキャナルUのギフトコーナーで買ったものを取出した。



コンコン

ドアが開いて便箋とペンを持ったアスカが入ってきた。服もさきほどまでとは違い普段着に着替えている。

「さっそく書きましょ。」

「そうだね、なんて書こうかな〜?」



ふたりはもくもくと手紙を書いている。お互い見せ合ったりもしない。

聞こえるのはペンの走る音だけ。

「ねえ、アスカ。」

「なーに?」

アスカは別段手を止めるわけでもなく答える。

「こんど時間が出来たらさあ、一緒に帰ろうか?」

「第3新東京に?」

「ふふっ・・・・・」

思わず顔を上げるアスカ。

「なによ〜その笑い。あ〜もしかして里心がついたとか〜?」

「あいかわらずお子様ね〜。」

シンジは言い返すわけでもなく、ただニコニコしているだけだった。




「それじゃあ、これはアタシが明日送っておくからね。」

「わるいね。」

「いいの、どうせ明日は午後から研究室に行けばいいんだし。」

「お願いするよ。」

「うん。」

「じゃあおやすみアスカ。」

「おやすみなさい、シンジ。」



玄関先でシンジを見送ったアスカはリビングへと戻ってきた。

そのとき、キョウコの写真の横に置いてある小さな箱に気がついた。

「なにかしら?」

手に取ってみるとその箱は、さきほどのミサトの土産と同じ包装紙で包んである。

「シンジが置いていったのかな?」

「明日シンジに聞いてみよっと。」

再びサイドボードに箱を戻して部屋を出ようとしたが、箱がなぜか気になってもう一度手に取った。アスカはしばらく逡巡していたが、包みを開いてみた。すると・・・・・・

「なによ!これ!」


中から出てきたのはワインのミニボトル。それも先日ミサトが送ってくれたシュタインベルガーのものだった。手のひらに乗るほどの大きさだが、細部まで忠実にディテールを再現された精巧なものだ。

「シンジ・・・・・・・・・・」

そのとき、さきほどのシンジの言葉が思い出された。




『こんど時間が出来たらさあ、一緒に帰ろうか?』





「!!まさか・・・・・・」

14歳の時ドイツから来日してこのかた、アスカは一度もドイツに帰っていない。それは子供の頃の辛い思い出のある国だから。しかし、ドイツに眠る実の母親のことを忘れられないのも事実・・・・・・・・。エヴァに乗っていた頃はそのことを絶対に人に知られたくはなかった。すべてが終わった時、そのことはシンジに打ち明けた。それはキョウコの愛に気がついたから。強がって生きる必要の無い事がわかったから・・・・・。
それでもアスカはドイツに帰らなかった。日本に大切なものができたし、ここが自分のいる場所だとわかったから。しかし、母親の眠る国を忘れる事は決してなかった。




「なによ・・・・・・バカシンジのくせにぃ・・・・・・・・」



「こんな事されたら・・・・・・泣いちゃうぞ・・・・・・・・」






いつしかアスカの手に握り締められたミニボトルに、ブルーの瞳から溢れたしずくが落ちていた。

アスカはキョウコの写真を手に取ると話かけた。

『ママ、ずっと一人にしてごめんね・・・・・・・・。いつか必ず・・・・ううん、近いうちに絶対いちどドイツに帰るね・・・・・・。』

『そのときにたぶん・・・・・バカでボケボケっとした奴を連れて行くけど・・・・・・・』

























『会ってくれるよね!ママ・・・・・・・・・・・・・』


























とってつけたようなエピローグ(エヴァ手話の主役はわたしじゃないの?byレイ)


明けて翌日は全国的に月曜日の朝。レイは研究室にやってきた。レイの仕事はまず研究室の机を拭く事から始まる。はじめに教授の机を拭いて、次に応接セットのテーブルにクロスをかける。
それからお湯が沸く間に花瓶の水をかえてやる。花瓶を机の上に置く頃にはお湯が沸いて、ポットにお湯を入れる。その頃になるとちょうど教授の久保田先生が出勤してくる時間となる。

今日もポットにお湯を移していると、久保田教授が出勤してきた。

「おはようございます!先生。」

「おはよう綾波さん。何だか今朝は、やけに元気がいいわね。」

「そうでしょうか?」

「ええ。先週はなんだか様子がおかしかったから心配していたのよ。」

そりゃ様子もおかしかろう。

「ご心配おかけしてすみませんでした。」

ペコリと謝るレイ。

「いいのよ、あなたが元気になってくれたのなら。」

そういいながら自分の席につこうとした教授は、傍らのレイの机においてあるものに気がついた。

「まあ、綾波さん!この人形は・・・・・」

一瞬自分がしかられたと思ったレイ。あわてて、

「すみません!変なもの持ってきてしまって・・・・・・」

それはきのう周防に買ってもらった記念品。

ところが、

「マシュマロマンじゃないの〜〜〜。なっつかしいわね〜〜〜。」

「あの、先生ご存知なんですか?」

「知ってるもなにも、この映画はね・・・・・。主人と初めてデートに行った時にこの映画を観たのよ。」

いきなり遠い目になる久保田教授。

「先生もですか?」

をひをひ・・・・・・

「ええ・・・・セカンドインパクトの起きるもっと前よ・・・・・」

「きのう博多に連れていってもらったんです。」

「そう・・・・・・・・・ん?」

「ねえ、綾波さん。」

「はい?」

「いまあなた、『先生も』って言ったわね?」

「え?」

「あなた『も』なのね。」

「あ・・・・」

「ふ〜〜〜ん。」

「えっと・・・・・・・」

「ふ〜〜〜ん。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

久保田教授の講義が始まるまで、まだ30分以上時間があった。




しつこいけどテーマは『手話』です。第四話おわり


あとがき

なんとか年内に終わる事が出来てほっとしました。耳の不自由な人の生活についてもうすこし書いてみたいので、周防さんにはちょくちょくご登場いただく事になると思います。

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