第伍話:Apart
正月だな。ああ、問題無い。
(作者注・{}は手話の会話)
202X年も残すところあと10日あまりとなった金曜日の夜。街中は忘年会帰りの人々が行き交っている。あるものは日ごろ溜まっている上司への不満をぼやきながら、また別のグループは年末から新年にかけてどこかへ旅行にでも行くのか、会話の中に外国の地名がちらほらと出てくる。いつの時代になっても年の瀬の様子はそう変わりはない。
と、ここにも相変わらずの3人組。やってきたのはとうぜん喫茶Neonらいぶである。
今日はレイ達のサークルではクリスマス会が開かれた。クリスマス会といってもまあ早い話がこれも忘年会であるのだけれど、このクリスマス会で今年1年間のしめをするのが恒例となっていた。
サークルのクリスマス会というのも面白いもので、200人ちかい会員がいると何かしらの特技を持つ人がいるものだ。
たとえば、役所勤めのKさん(50代・女性)の旦那さんは全国アマチュアバーテンダーコンクール3位の経歴の持ち主で、毎年のクリスマス会にはカクテルコーナー(1杯300円均一)を開いてくれる。また前会長のOさん(39歳・独身)は盆栽屋さんで、さすがにクリスマスに盆栽は飾らないがそのコネで花屋さんから格安で装飾用の花束を仕入れてきてくれる。オードブルは主婦連合の独壇場だ。この日は調理室を朝から借り切って料理を作る。
この日は日ごろのサークルには出席しない会員もやってきたり、OBや近隣の手話サークルの連中、もちろん聴覚障害者も大勢が参加している。そうして、壮大な宴が繰り広げられていく。
そして、宴の最後はみんなで今年1年間の苦労?をねぎらい、新しい年の活躍??を誓って(^^;)幕を閉じるのである。
後かたずけを終えて3人がらいぶにやってきたのはもう午後10時をまわっていた。この店の店内にもクリスマスのリースやキャンドルが飾り付けられ、カウンターの上では電気仕掛けのサンタクロースがキャンドルを持ってゆらゆらと踊っている。すでに店の中では忘年会帰りの人たちが席をうめていたがそれでも3人分の席は何とか空いていた。
「ふぃ〜・・・なんとか今年もおわったわね〜。」
アスカはコーヒーを一口飲むと誰に言うとでも無くごちた。
「いろんな事があったね・・・・・」
別に今年の事を振り返っていたわけではないが、シンジもアスカにつられるようにつぶやく。
するとレイが話を切り出した。
「今年は・・・第3新東京には帰れないわ・・・。」
「「ええっ?!」」
サークルのクリスマス会が終わったとはいえ、本当のクリスマスまではまだ数日ある。そしてクリスマスが終われば世間は正月に向けて一気に加速していく。シンジの場合今年は12月28日が日曜日のため、26日の金曜日が御用納めとなっていた。例年はいつも暮れには3人で第3新東京市に帰省していたが、今年は少々様子が違うようである。
「どういうことよ!」
アスカは思わず身を乗り出してレイに訊ねた。
シンジもびっくりして、
「どうしてさ、父さんやリツコさんだって楽しみにしてるのに。」
「仕事だから・・・。」
「このあいだ介護保険法が改正されたでしょう?その関係で2年後からいまの1,5倍の介護福祉士が必要になってくるの。その関係でうちの短大、来年度は学生の定員が増えるのよ。」
「それでなんでレイが帰れないの。」
「うちの教授が学務部長でしょ。だから教育省への変更申請の音頭を取ってるの。年内いっぱいは書類を作ってチェックして、年が明けたらすぐに第2東京へ行かなくてはならないわ。わたしも鞄持ちで一緒に行くことになっているから、帰りに第3新東京によってくるつもりよ。」
「それじゃあこんどのお正月は、こっちで1人ですごすってぇの?」
「しかたないわ。いつまでも昔のようなわけにはいかないもの・・・・。」
「なんかさびしいわね・・・・・・・・。」
ぽつりとアスカが呟いた。
シンジたちはご存知のようにここ宇部新都市に来ているし、相田ケンスケはフリーのフォトライターとして日本中を飛び回っている。あの頃の第壱中学の3馬鹿トリオと仲間たちの中で、第3新東京に残っているのは第壱中学の教員となった鈴原トウジと、現在花嫁修行中の洞木ヒカリの2人だけだ。(もっともヒカリの場合、これ以上何を修行する必要があるのか?という気がしないでもないが・・・。)
『毎年正月はみんなで会おうやないか!』
シンジたちが第3新東京を離れる時、トウジはみんなに言った。
それで毎年お正月には必ず誰かのうちに集まっていた。それははたから見たら宴会以外の何物でもなかったかもしれないが、彼らにはあの時をともに過ごした絆を再確認するための大切な儀式でもあった。
だから去年まではシンジたちも必ず第3新東京に帰っていたし、ケンスケも、正月には取材旅行には行かなかった。
「それよりアスカ、洞木さん達によろしく言っておいてね。」
「うん・・・。」
シンジはそんな二人を静かに見つめていた。
「どうしたんだ?3人とも。今日はクリスマス会だったんだろ?そのわりにはえらく暗いな。」
「あ、マスター、こんばんは。レイがね、大晦日まで仕事だから今年はこっちで年を越すんだって。」
アスカの答えにコクンとうなずくレイ。
「そうか・・・・・たいへんだね。そうだ!レイちゃん、大晦日は仕事が終わったらうちの店においで。年越しそばをごちそうするよ。なに、遠慮する事はないさ。そばは毎年お師匠から分けてもらってるから味は保証するよ。」
お師匠というのは、郊外にある『毛利屋』というおそば屋さんのご主人だ。Neonらいぶのマスターがこの店を継いだ時にいろいろと料理の手ほどきをしてもらった関係で、『お師匠』と呼ばれている。
若い頃は外国航路の船の料理番もしていたそうで、日本食以外にもいろいろな国の料理について憧憬が深い。もちろんお師匠もこのライブの常連の一人である。
「年末もあいてるんですか?ここ。」
シンジがたずねる。
「ああ、初詣のお客さんがいるからね。元旦の朝まであけるよ。」
「なるほど。」
「ありがとうございます。それじゃあお言葉に甘えてもいいですか?」
「もちろんさ!それにレイちゃんも一緒なら、うちのバイト君も喜ぶしな。そうだろ?」
そういうとマスターはカウンターの後ろで洗い物をしているアルバイト学生の方を振り返った。
そこにはこちらを見てヘッドバンキングをしているアルバイト君(笑)の姿があった。
「首・・・だいじょうぶ?。」
「だけどさ、お正月はどうやってすごすんだよ?」
コーヒーのカップを口元につけてテーブルに肘を突いたまま、シンジはレイに聞いてみる。
「元旦は通訳待機なの。」
[通訳待機って・・・・綾波引き受けたの?」
「ええ。」
「そっか・・・・。」
普段の聴覚障害者からの手話通訳の依頼には、福祉会館に常駐の専任の手話通訳者があたっている。しかし、休日や夜間の対応については手話通訳ボランティアである、『手話通訳者派遣協会』が交代で対応する事になっている。当然年末年始については福祉会館も休館となるため、通訳部が中心となってサークルの中の登録通訳者で当番表を作っていた。レイはたまたま今年は第3新東京に帰れなくなったため元旦の当番をかってでたというわけである。
「ところで、碇君にお願いがあるの・・・・・。いい?」
「なに?」
「『初号機君』、借りといていいかしら?」
ちなみに『初号機君』とはシンジの車のニックネームである。
「そうだね、通訳で出かける時に要るかもしれないし。」
「ありがとう、帰る時には駅まで送っていくから。」
「レイ、そこまで気を遣わなくってもいいのに・・・・・」
「いいの、アスカ。どうせ佐藤さんのところに行って、通訳の打ち合わせをしないといけないし。」
「そう・・・・・・。あぁっ!もうこんな時間、アタシ明日は7時に研究室に行かなくっちゃ!そろそろ帰ろっ!マスター、それじゃあおやすみなさ〜い!」
「ほ〜い、またいらっしゃ〜い。」
キッチンの奥からマスターの声がきこえた。
シンジは自分の部屋に帰ってきた。シャワーを浴びて寝間着に着替え、リビングにやってくるとサイドボードからワイルドターキーのボトルをとりだした。彼はべつにいつも晩酌をしているわけではないがたまには飲んでみようかという気になる日もある。ことに今日はレイの話を聞いたため、ちょっぴりと感傷的になっていたのかもしれない。キッチンに行ってグラスに氷を入れると再びリビングへともどった。グラスの中には琥珀色に染まった氷がゆれている。
グラスの琥珀をひとくちのどに流し込むと時計に目をやる。時間は午後11時を少しまわっている。
『ちょっとおそいかな・・・・・・・』
少しためらいはあったが、番号をプッシュした。
ルルルルルル・・・カチャ・・・・
『はい、鈴原です。』
「夜分すみません。碇です」。
『ああっ!シンジさん?!めっちゃひさしぶりやん!』
「もしかしてカナエちゃん?ごめんねこんな遅くに。」
『そんなかまへんって!いま兄ちゃん呼ぶさかい、待っててください!』
ドタドタドタ・・・『兄ちゃ〜ん!シンジさんから電話やで!はよ来〜や!』
・・・・・・・・・・・『やかまし〜な!さっさとこっちに電話まわさんかい!』
受話器から遠く聞こえるやりとりに、シンジはおもわず苦笑した。
『もしもし!センセかっ?』
「うん、久しぶりだねトウジ。」
『アホっ!久しいもクソもあるかい!盆にも帰ってこんかったくせに!』
「・・・ごめん・・・」
『ふぅ・・・あいかわらずやな。ところでどないや?そっちは。みんな元気にしとるか?』
「うん。アスカも綾波も元気だよ。」
『ほーか。元気がなによりやよってに。ところで、暮れはいつごろ帰れるねん?』
「うん、アスカの実験しだいだけど、28日の夜にはそっちに帰れるよ。」
『はよ帰ってこいや、ヒカリやケンスケもまっとるで。ケンスケのやつ、今年はもう帰ってきとるんや。』
「そうだったのか。ところがさ、今年は綾波が帰れないんだ。」
『なんやて?なんぞあったんか?』
「仕事なんだって、大晦日まで。」
『それやったら仕事終わってから帰ってこれるやんけ。』
「そうなんだけど、元旦に手話通訳の当番引き受けたんだ。綾波が・・・。」
『そうやったんか・・・・・綾波らしいな。』
「うん・・・。」
『ガンバリ屋さんやしな・・・彼女。』
「うん・・・。」
『ま・・・そないな時かてあるわい。』
「そうだよね・・・。」
「ところで、カナエちゃんもう2年生だっけ?」
『ああ、あのガキくそお転婆で学校でも頭いたいわ。』
「ひどいこと言うなぁ、自分の妹に。」
『ほんまやって、昔の惣流なみや。『あんたバカぁ!』やのうて『このドアホ!』やと。』
「ははは、そりゃたいへんだ!」
『わし、職員室でも居場所があれへん・・・。』
「でもよかった・・・。カナエちゃんが元気になって。」
『・・・・まだ気にしとるんか?わしら兄妹のこと・・・・・・』
「いや、そうじゃない。さっきトウジも言ったじゃないか、元気が何よりだって。」
『ああ・・・・そうやったな。』
「じゃあそろそろ切るよ。あんまり話すと帰った時にネタが無くなっちゃうからね。」
『おう、ほんならわしも通知表の続き書くさかい。』
「あ、仕事中だったのか。悪かったね、ごめん。」
『いや、かめへんよ。センセと話したんも久しぶりやったさかい。』
「ありがと、じゃあまた第3新東京で。」
『はよ帰ってこい。』
「うん、ケンスケや洞木さんにもよろしく。」
『わかった、じゃあな。』
「おやすみ。」
カチャ・・・・
あとがき
♪とお〜しぃのぉはぁ〜じめぇのぉたぁ〜めぇしぃ〜とてぇ〜♪ってまだ年末の話やないか!(byトウジ)