6月になった。
この月、初めての日曜日。
第3新東京市に梅雨入り宣言が出されるのは、いつごろだろうか?
ヒカリは先日、アスカからの電話で西日本一帯が梅雨に入ったことを知った。
こちらではまだ、富士山が顔を出している。
きょうも夏の陽射しは、暑くなりそうだ。
第八話
心の向こうに
and they are back in the town
後編:その壱
第3新東京市立総合体育センター。
いまからここで開催されるのは、今年の秋に第3新東京市において挙行される、2025年度国民総合体育大会『車椅子バスケットボールの部』出場チーム選考会。名称に『総合』とついているのは、今年初めて国民体育大会と全国身体障害者スポーツ大会が同一日程で開催されることになったからだ。もっともわざわざ『総合』と付けること自体が不自然だ、という向きもあったが、いままで別々に開催されていたことを思えばそれなりの進歩と言えなくも無い。
そろそろ出場するチームも集まりはじめる時間だ。
表の駐車場に車が1台、また1台と入ってくる。
そのなかには、トウジの新型ランドクルーザーもある。
やがてその車は、正門に程近い駐車スペースの一角に停まった。
助手席のドアが開くと、降りてきたのは短髪の少年。シンゴは、後部にまわると車のテールゲートを開けてトウジの車椅子を外に運び出した。
「よっ・・・と」
もはや手慣れた手つきといってもいい。さっさと車椅子をセットアップすると、運転席から現れたトウジのところへ押していく。ちなみに今日のトウジは義足を装着していない。リツコの作った義足は、簡単に装着したり、はずしたりできないというのもあるが、車椅子バスケットの試合に出場する人間がそのあたりをうろうろ歩き回るわけにもいかないだろう。
「はい、先生。」
「おう、すまんのう。」
そのあいだにカナエとヒカリは、後席からこまごまとしたものやお弁当をとりだしている。荷物の量が多いのはトウジの食いっぷりにもよるが、チームの他のメンバーの分も入っているのだろうか。
みんなが車からほとんどの荷物を取出した頃、カナエが正面ゲートからアルピーヌルノーA310がやってきたのを見つけた。
「兄ちゃん!あの車ってもしかして・・・」
「ん?おっ!きよったわい・・・・」
トウジは、その車がミサトの愛車であることを確認した。
やがてA310はトウジたちを見つけたのか、こちらへと向かってくると、静かにランクルの横へと滑りこんだ。
かちゃ・・・
車から出てきたのは3人。
ナビシートからは、朝の陽射しの中で黄金色に輝く金髪と、夏空のような瞳の持ち主。黒のタイトスカートからすらりと伸びた脚は、彼女のシンボルカラーでもある赤のハイヒールへとつながる。ノースリーブの肩に小粋に掛けられたジャケットは、活動的な彼女の性格をよくあらわしている。
一方、後席から出てきた女性は、さきほどの女性とは対照的に、白いバスケットシューズを履いている。そこから続く透き通るように白いその脚は、夏らしく白のホットパンツから伸びて、ゆったり目の淡いブルーのシャツは、彼女の蒼銀の髪の毛に良く似合う。肩にかけたポシェットが、ちょっとばかし年齢不相応なのは、彼女の茶目っ気か。
最後にドライバーズシートから出てきたのは、長身の青年。着ているものは、なんのへんてつもない白のポロシャツにジーンズ。履いているのもごく普通のスニーカーだ。ファッションには無頓着なのだろう。彼の恋人にはそのへんがご不満のようだが、彼に言わせるとこれでも結構こだわっているつもりらしい。決して美形ではないが、端整なその顔立ちには少年のような笑顔が浮かぶ。
そして・・・・・・・
「「「みんな、ただいま!」」」
「おかえり、3人とも!」
「ヒカリ、ただいま!朝早くからたいへんね。」
車から降りたアスカは、早速ヒカリのもとへとやってきた。
レイもゆっくりとカナエたちの方にやってくる。カナエにしても、レイと会うのは昨年の正月以来だ。カナエはトウジをほったらかして、レイのもとへ走ってきた。
「レイさん、おはようございます!おひさしぶりです!」
「おはよう、鈴原君、洞木さん。カナエちゃんもおはよう、元気だった?。」
アスカにしてもそうだが、レイにとってもカナエは友人の大切な妹であると同時に、かわいい「妹分」だ。
「はい!レイさんもいちだんと奇麗にならはったんと違いますぅ〜?」
「まあ、大人をからかうもんじゃないわ。」
そう言いながらレイも悪い気はしない。
ところが、すかさずアスカが割り込んでくる。
「ねえ、カナエ。なんでレイが奇麗になったか教えてあげよっか?」
ヒカリもその横で、にやにやしている。
もちろん年頃のカナエにとっても、格好の話題だ。
「あーっ!うちも知りたいですぅ!」
「ちょっとアスカ!・・・・・・・」
あわててレイが抗議しようとしたが、すでにアスカたちはきゃあきゃあと盛り上がっている。
すると、
「おいおい、綾波もアスカもいいかげんにしろよ。大騒ぎの前にすることがあるだろ。」
呆れ顔で腕を組み、こちらを見つめているシンジがいた。
シンジに咎められて、アスカたちはあわてておとなしくなった。シンジの横には、少しはにかんだ顔の少年がいる。
「ごめんな。みんなひさしぶりに会ったもんだから、ついはしゃいじゃって。きみが高杉・・・・シンゴ君だね?」
「はい。え・・・と・・・碇さん・・・ですね。」
「うん。ぼくが碇シンジだ。名前、知ってたんだね?」
「先生に聞いてましたから。あ、高杉シンゴです。よろしくおねがいします!」
「こちらこそよろしく。いつもトウジが世話になっているね。」
ペコンと頭を下げた少年を見て、シンジは不思議な気持ちになった。
『そうだよな・・・・・この子にとってトウジは「先生」なんだ。』
自分の親友のことを先生と呼ぶ少年が目の前にいる・・・・それはシンジにとって10年という歳月を改めて感じさせていた。
シンジとシンゴのやり取りが終わるのを待っていたレイとアスカも、
「あいさつが遅くなってごめんなさい。綾波レイです、よろしく。」
「ごめんなさい!わたし、惣流アスカ・ラングレーって言うの。よ・ろ・し・く・ね!」
レイは、たとえ相手が年下の者でも礼儀は欠かさない。ところがアスカは、いきなりウインクをぶちかまし、中学2年生の少年は、おもいっきりうろたえてしまった。
「あああ!あの、その・・・。た、高杉シンゴです!」
おかげでシンゴはアスカとレイに『最敬礼』をしてしまった。
あわれ純情無垢な少年は、カナエとアスカの格好のおもちゃにされていた。
「トウジ・・・・」
シンジは、あらためて車椅子に乗っているトウジの方を向き直していた。
「シンジ・・・・・。よう帰ってきてくれたのう。」
「ああ、なんたってトウジのデビュー戦だからね。」
「おう。ま、そういうことや。」
「うん・・・・・・・・・。」
交わした言葉はそれだけだったが、今はそれで充分だった。
「そうだ、ところでケンスケは?」
「あいつも最近は、なんか忙しかったらしいで。昨日までは事務所にカンヅメや言うとったわい。」
「きょうは来れるんだろ?」
「そのはずやけどな。」
シンジとトウジが正面ゲートの方を向いた時、エキゾーストノートとともにこちらに向かってきた1台のバイクがあった。
どりゅぅぅぅぅぅぅぅぅん
ずしゃっ!
「すまん!遅くなっちまった!!」
ライダーのヘルメットの奥には、丸いめがねをかけた人懐っこい顔があった。
きょうは天気はいいのだが、梅雨が近づいてきている証拠だろうか、すこし風が湿っぽい気がする。
ケンスケの登場で面子の揃った一行は、いよいよ会場の中へと向かうことになった。
トウジが車椅子をこぎはじめようとした時、うしろにすっ・・・とシンジが立った。
「なんや?シンジ。」
「車椅子、押してやるよ。」
「あほなこと言うな!自分でこげるわい!だいいち、いまから試合に出んねんど!」
しかし、シンジも引き下がらない。
「いやだ!ぼくが押す。トウジは大人しくしてろよ!」
「じゃかましい!そないカッコ悪いこと・・・・」
なおも否定しようとした時、ケンスケが口をはさんだ。
「トウジ!!」
「何やねん、ケンスケまで・・・」
「きょうはシンジに押してもらえ。」
にっこりと笑うケンスケに、トウジも観念したのか、諦めてため息をはいた。
「ふう・・・・なら体育館までやぞ。」
「ああ、まかせとけ。」
シンジもトウジの肩をぽんっ、とたたいた。
トウジの車椅子を先頭に、その横にケンスケ、その後にはアスカ、ヒカリ、レイ、最後にカナエとシンゴの一行が体育館へと向かって行く。
「そういえばさ・・・・」
思い出したようにシンジがつぶやいた。
「むかし、トウジの車椅子を押す、押さないで喧嘩になったことがあったっけ。」
「そうやったかな?」
「うん。あのときも、結局トウジが折れたんだ。」
「・・・・・・この車椅子、押し難いやろ。競技用やさかい、取っ手がないんや。」
「確かに、普通の車椅子とはずいぶん違うね。」
「いろいろとルールで決められとるさかいな。」
「へえ・・・・・」
アスカたちはその様子を、後ろから静かに見つめていた。
「ヒカリ、レイ・・・」
と、アスカ。
「どうしたの?アスカ。」
「?」
「あいつらバカだけどさ・・・・」
「『男の友情』ってやつも悪くないよね・・・・・・」
「・・・・そうね。だって3ばかトリオだから・・・・・。」
コクリとうなずくレイ。
「あは、いまだ健在ってとこね。」
ヒカリも思わず微笑んだ。
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