第八話
WHEEL BURNING!!
(Title consept by Shimomaki)
後編・その伍
Special thanks to Mr.Shimomaki
スカイホークスの新たなメンバー(実際にはもともとのスタメン)の2人は、コートに入ってくるとすぐに神崎のところへとやってきた。ゼッケンは6番と7番をそれぞれつけている。おそらくマークの確認をしているのだろう。時折、トウジと織田の方にちらちらと視線をおよがせている。
ふと、トウジと目が合った。
瞬間トウジの背筋に緊張が走る。
しかしその中のひとり、6番の選手はトウジの目と目が合った瞬間、にっこりとトウジに微笑んだ。
彼の年齢は幾つくらいだろう。
いくぶん年上のような気もするが、さほどに違うようには思えない。
重量級のスカイホークスの選手のなかで、彼だけはわりとスリムな体つきをしている。もっともそのユニフォームの下には、鍛え上げられた筋肉が宿っていることに間違いはなさそうだ。
そして、その眼差しは意外なほど優しかった。
トウジは一瞬その選手の眼差しに見とれてしまった。
が、すぐに我に返る。
『おっと、あかんあかん!なにしとんのや、わいは・・・・・』
『そのケはないっちゅうねん!』
首をすくめてブルブルっと頭を振ると、トウジはそそくさとコートの中央に戻っていった。
「なんてこった!まさかあの2人を一度に出してきやがるとは・・・・・。」
苦虫をかみつぶしたようなケンスケの呟きに、傍らのレイがすぐに反応した。
「相田君、どうしたの?」
ヒカリも不安げにケンスケの方を覗き込んだ。
同じ頃、観客席では・・・
「ええぇ〜?!これがスカイホークスのホントのレギュラーチームですってぇぇぇぇ?!」
例によって大声を上げたのはアスカだ。
シンゴは先ほどのケンスケと同じように苦い顔をしている。
「そうなんです。さっきまでは、ほんとのスカイホークスじゃなかったんです。いまのスカイホークスは全国大会レベルのメンバーですよ。」
「なによそれ!じゃ、いままでは手加減してたって言うの?」
「そうじゃありません。戦術の問題です。前半のうちの状況からすれば、相手は重量級のフォワードを前面に出して力で押しきるつもりだったんだと思います。ところが後半戦から先生が出てきて、うちの戦法が変わってしまったから、向こうも変化してきたんですよ。」
いきり立つアスカを、まるでなだめるようにシンゴはその理由を説明していく。
やはりバスケットに関しては、たとえ14歳の少年と言えどシンゴの方がはるかに詳しい。
そこにはさきほどカナエと言い争いをしていた、14歳の男の子の姿はない。ときには身振り手振りを交えて熱っぽく語るその姿に、アスカは思わず微笑んだ。
・・・へえ・・・シンゴ君ってホントにバスケットが好きなんだ。
よかったね、あの熱血バカに出会えてさあ・・・
「それにしても、シンゴ君もえらく相手の状況に詳しいわね。どこで情報を仕入れてきたの?」
すると、
「実は先生には内緒で、相田さんと一緒にスカイホークスの練習を何回か見にいったことがあるんです。」
アスカの問いに幾分はにかみながらシンゴは答えた。
ただし、その内容は少々意外なものだったが・・・・・。
「なんですってぇ?相田と一緒にぃ??」
「あ、でもスパイをしにいったんじゃありませんよ!取材にいくから解説についてきてくれって相田さんに頼まれて・・・・・。まあ、ぼくも興味はありましたしね。」
「あっきれたぁ。そんなことまでしてたんだ。」
「当然スカイホークスのデータぐらいは、タイガーシャークスだって持っています。でも、ぼくなりにスカイホークスのことを知りたかったってゆーか・・・・。」
そういうとシンゴは、恥ずかしそうに人差し指で鼻の頭をぽりぽりと掻いた。バスケットの話をしているときは、ときおり年齢不相応な顔を見せるシンゴだが、こういった仕種はむしろ子供っぽさを感じさせる。
ふふっ・・・・・こーゆーところもあるんだ・・・。なんか、昔のバカシンジみたい。
コートの上のタイガーシャークスは、今日一番のプレッシャーに包まれていた。
トウジがチームに入る前にも、彼らは何度かスカイホークスと対戦したことがある。
戦績はあまり芳しくない。こちらの勝率は、ほぼ4割強といったところか。
2試合やっても1回勝てるかどうかだ。
特に、今、自分達の目の前にいるメンバーと戦ったときには、勝ったためしがない。
今日の試合も、今まではなんとか互角に戦っているとはいえ、勝ち越しているわけではない。後半に入った直後こそ、織田とトウジのシュートで追いついたが、その後は制限区域より外側からのロングシュートによる得点だけである。きっちりと相手のディフェンスを切り崩せたのは初めの2ゴールだけだった。とはいえ、同時にスカイホークスの『かぶり寄り』を押え込んでいるのも確かだ。相手の得点も、30秒ルールの時間切れ寸前のロングシュートによるものだけだった。
現在の得点は26:26。
ここまでは上手くいった。
しかし織田はともかく、スカイホークスの真の実力を知っている他の選手達は、あきらかに顔色が変わっている。
『まずいのう・・・。このままテンションが途切れてもうたら終(しま)いや。』
いちおうトウジの頭には、いまのスカイホークスのデータは入っている。
『ぐだぐだ悩んでもしゃーない!あとは出たとこ勝負や!!!』
と、考えがまとまらないままトウジが腹をくくった時、スカイホークスの神崎がボールを投げ入れた。
試合は再開された。
神崎のパスは、さきほどの6番の選手にわたった。彼は右手でボールをドリブルしながら、左手で車椅子を前に進める。彼に限ったことではないのだが、車椅子バスケットの選手は、ほとんどが日常生活の大半を車椅子に乗って過ごす。左手だけでこいでいるにも関らず、するすると彼の車椅子はトウジの前へと進んできた。
す・・・・とボールが両手の中に収まったと思った瞬間
突如矢のようなパスを7番の選手に出すや否や、6番の選手がトウジの視界から消えた。
「な?!!!」
と思ったくらい動きは素早かった。
楽々トウジを抜いた6番の選手は、あわててディフェンスチェンジしてマークについたタイガーシャークスの選手をものともせず、悠々とシュートを決めた。
「なんや、今のは!兄ちゃんは何しとったんや?!」
「唖然」というのは今のカナエの状態を言うのだろう。
が、次の瞬間、カナエはシンゴに詰め寄った。
「高杉!なにが起きたん?!」
「簡単に・・・言ってしまえば・・・実力の差です・・・・・・。」
答えたシンゴの顔も、口惜しさにあふれていた。
「これが・・・・・・全国大会のレベル・・・なの?・・・・・・」
レイはそっとケンスケの方を向いてみる。
ケンスケはニコンを両手で握り締めたまま、くやしそうにコートの方を見つめていた。
「相田君・・・・・・・ねえ、相田君」
再度のレイの呼び声にケンスケもやっと気がついた。
「あ・・・すまん。なんだ?」
ふりむいたケンスケの声も元気が無い。
「・・・ううん。・・・・・ごめんなさい。」
すこしバツが悪そうにレイも返事をする。正直な話、どんな顔をすればいいのか解らない。
そんなレイを安心させるかのようにケンスケは微笑んだ。
「あの6番の選手、佐紀さんっていうんだ。」
ぽつん・・・・・
と、ケンスケがつぶやいた。
「佐紀・・・・・さん?」
「うん。・・・・・・車椅子の生活、すいぶん長いんだってさ。前に取材させてもらったことがあるんだ。」
「そう・・・・・・・・・」
・・・佐紀さんに比べたら、やっぱり鈴原君、車椅子に慣れてない・・・・
二人の傍らでは、ヒカリが何も言わず、また微動だにせず、ただトウジを見つめていた。
「やってくれるやんけ!!」
すぐさまボールをつかんだトウジは、エンドラインから織田にパスを出した。
『くそっ!優男(やさおとこ)のくせしやがって、なんちゅうやっちゃ!』
あまりにあっさりとガードを突破され、トウジはいきり立っていた。
そんなトウジのパスを受けた織田は、すぐに別の選手にパスを出すと、すっとトウジに近寄った。
「おい、熱くなりすぎるなよ。」
「だいじょうぶ。熱いのははーとだけ。頭ん中はくーるでっさかい!」
にこっと笑ったトウジだが、織田はその表情にいつもの陽気さを感じられなかった。
無理もないな・・・・・・・・・・とは思う。
しかしここでトウジが我を忘れてしまっては、こちらのゲームメイクが台無しになってしまう。織田はキャプテンとして、それだけは避けなければならない。
「とにかく、力を抜け。本番はこれからだ!」
コクンとトウジは肯くと、黙って相手のエリアへと向かった。
スカイホークスはディフェンスゾーンを敷いて待ち構えていた。
頂点で待ち受けているのは、キャプテンの神崎。その両翼には、さきほどはいってきた7番の選手と6番の佐紀がいる。
トウジがエリアに入ってから数秒後、ボールを受け取った織田がセンターラインを超えた。
トウジはあえて佐紀の前についた。
交錯する二人の視線。
トウジの鋭い眼光に対し、佐紀のそれはとても静かな光を放っている。
『この目ぇが、クセモンやねんなぁ・・・・』
瞬間トウジは左にフェイントをかけた。しかし、佐紀はそれにはすぐに反応せず、トウジの出方を見ている。
『へん!!お見通しっちゅうわけかい!!』
すぐに180度車椅子を転回させ、こんどは右から切り込もうとした刹那、
がっっっっっ!
すでにトウジの車椅子の先には、佐紀の車椅子のフットレストがその行く手を阻んでいた。
『ちいっ!!』
すぐに車椅子を後退させたトウジは、味方の選手からボールを受け取ると、反対側から攻めている織田の方に視線を向けた。
スカイホークスの7番の選手にマークされた織田は、味方のスクリーンを利用して何とか制限区域の中に入ろうとしていた。しかし佐紀と同じように7番の選手もがっちりとガードを固めている。織田の技術も決して劣ってはいないのだが、ちょっとやそっとでは7番の選手を抜くことはできそうになかった。
トウジの前には佐紀が立ちふさがっている。ふと、コート横の電光掲示板を見ると、タイガーシャークスがスカイホークスのエリアに侵入してすでに25秒が経過していた。もうすぐ、30秒ルールが適用されてしまう。
そのとき、
「先生!!かまわん、シュートしろ!!!」
織田が7番の選手と絡みながら、大声で叫んだ。
トウジはスリーポイントラインの外側にいる。
もしここで、シュートをはずせば、たちまちカウンターを食らうことも考えられる。
一瞬の逡巡。
そして決断。
しゅっ
ざんっ!
トウジの放ったシュートは、きれいにリングに収まった。
「なあ・・・高杉。」
ひとしきりトウジのシュートに歓声を上げた後、ふいにカナエはシンゴに声をかけた。
「・・・はい?」
あまりに静かなその問いに、シンゴはすこし戸惑った表情で反応した。
「いま、兄ちゃんがシュート決めたやんか。」
「ええ・・・・」
そしてカナエは、半ば絞り出すように言葉を続ける。
「そやけど、チームの状況はあんまりええことないんやろ?」
「・・・・先輩!」
「正直に言うて!」
カナエは真っ直ぐにシンゴの目を捕らえていた。
・・・・・先輩・・・・・マジだ・・・・・・・・
そしてシンゴは、事実を彼女なりに一生懸命受け止めようとしているカナエの姿を目の当たりにし、意を決して答えた。
「・・・・・・かなり・・・・厳しいです・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・そうやな。うちにもわかるわ。」
答えながら、カナエは何度も肯いた。
そして一瞬の間をおくと、にっこりと微笑んだ。
「そやけど、いまはタイガーシャークスが1点勝ってんのも確かやねん。な?」
「そのとおりです。」
カナエの言ってることに間違いはない。26:26から双方が1ゴールづつ。しかしトウジのそれはスリーポイントシュートだから29:28でこちらが勝っている。
カナエは、もういちど大きく肯いた。
「そやから、うちは兄ちゃんを信じるっ!!」
東海スカイホークス
これまでに幾度となく全国大会にも出場し、上位の成績を収めたこともある。
その圧倒的なパワーと、卓越した技術。
どれをとってもタイガーシャークスを上回っている。
その証拠に、前半戦はレギュラー2人をベンチにおいて、なおかつタイガーシャークスを押え込んでいた。
そして完全なレギュラーチームとなった今、いままで隠していた鋭い爪をあらわにすると、猛然とタイガーシャークスに襲いかかってきた。
トウジにスリーポイントシュートを決められた後も、彼らは一切、動ずることはない。
神崎はドリブルをしながら、ゆっくりとタイガーシャークスの織田の前へとやってきた。
そして7番の選手にパスを出すと、すぐに織田を引き付けて右翼へと移動を開始する。
7番の選手は幾分後退して状況を見極めていたが、6番の佐紀がトウジを振り切ったのを確認すると、すぐに佐紀にパスを出し、今度は自分がディフェンスを引き付けて右に回り込んで行く。
そうしてだんだんとオフェンスのゾーンを狭めていき、ディフェンスの穴を発見するとただちにそこから制限区域に侵入する。入ってしまえばもうスカイホークスの思うツボだ。
必死にシュートを阻止しようとするガードを物ともせずに、あっさりとゴールを決めた。
30秒をフルに使った、みごとなロールプレイである。
これで29:30。またしてもリードはスカイホークスとなった。
すでに後半戦が始まって15分以上が経過していた。残り時間はあと5分を切っている。
攻撃がタイガーシャークスに移ってからも、鷹の爪はしっかりと虎鮫の頭を捕らえて離さない。
オフェンスの陣形すら、簡単には作らせてくれないのである。
時間は刻々と過ぎていく。
30秒のカウントが始まっても、タイガーシャークスは制限区域はおろか、スリーポイントラインから中へ入ることも容易ではなかった。
トウジはがむしゃらに突っ込んでいくが、やはり佐紀はトウジを抜かせてはくれない。
『くそ!どないせえっちゅうねん!』
あせるトウジとは正反対に、佐紀の表情はくやしいほどに穏やかだ。
それはあたかも、大人がやんちゃな子供をいなしている様に見えなくもない。
「まずいな・・・。トウジのやつ、あせってやがる。」
つぶやいたのはケンスケだけだ。
レイは何も言えない。
ヒカリはただ、じっとトウジを見つめている。
先ほどからのケンスケは、カメラを構える時間よりも、コートの方を見つめる時間の方が圧倒的に長くなっていた。ケンスケだけではない。レイもヒカリもトウジから目を離すことはできなかった。
彼らにできることは、それしかなかった。
その瞬間、歓声がスカイホークスのベンチから沸き起こった。
佐紀のスリーポイントシュートが鮮やかに決まった。
彼はトウジを抜けなかったのではない。
が、得点を引き離すため、あえて遠距離のシュートを打ったのである。
もしかすると、それは傲慢とも言えることかもしれない。
しかし、この残り時間の少ないときにあえてそれを選択したということは、自信の現われであり、同時にタイガーシャークスの実力を認めたが故の決断でもあった。
だが、いまのトウジにはそのことを理解するだけの余裕はなかった。
あるのはただ、得点差が4点、2ゴール差に開いたという事実だけだった。
残る時間は、あと2分余り。
『くそ・・・・・・なんでこうなんねん。所詮わいは初心者なんかいな・・・・・・』
「・・・・・・・・もう・・・・・・あかんのかな・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あんだけ練習したのにな・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「バスケットしか・・・・・・・・取り柄がないくせに・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・せんぱい・・・・・・・・・」
なんとか気丈にトウジを応援してきたカナエだが、電光掲示板の表示が2分を切ったあたりから、だんだん弱々しい言葉が出始めた。
その気持ちはシンゴとて同じだ。だが、自分は絶対に口にしてはいけないと決めていた。
それが、男というものだ。と、思っていた。
そのときコートでは、タイガーシャークスの選手がパスを受け損ねた。てんてんとボールはコートの外へでていってしまう。当然今度は、スカイホークスのボールだ。おそらくこのままボールをキープして時間を稼ぐのだろう。
神崎はゆうゆうとボールを取りに行った。
『ふぅ・・・・・・・・』
カナエたちに聞こえないように、アスカがため息を吐いたとき、
突然シンジが立ち上がった。
だっ!と前に一歩踏み出し、
がっ!と両手で観客席の前の手すりをつかむと、
大きく息を吸い込み、
「トウジの大馬鹿野郎!!なにをひしゃげてやがる!まだ試合は終わっちゃいないんだぞ!!最後までツッパッてみせろよ!!!」
「なんだ?!今のは!・・・・・・・シンジか?!」
ケンスケはあわてて観客席の方を向いた。
「碇君・・・・?!」
レイも驚いた。
「・・・・・・・・・・うそ・・・・・・」
ヒカリは呆然とした。
あとがき
おかげさまでこの創さんのほめぱげも開設1周年を迎えました。ほんとうなら、第八話をきっちり終わって迎えたかったのですが、諸般の事情により、遅れてしまいました。続きはできるだけ早くUPしたいと思いますので、今後ともよろしくおねがいします。
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