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庄司 美登里さん (50歳/広島市)
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自分が一日一日を精一杯生きる糧に。
「娘の分まで、誰かに生きていてほしい」。8年前、18歳だった娘さんを交通事故で亡くした。そのことが、庄司さんにとって命の大切さを考えるきっかけになった。
自分自身、かつて貧血に苦しんだ時期がある。「病気で苦しむ人の役に立ちたい」。娘さんの死後、そんな思いを持っていたところ、市役所のロビーでたまたま骨髄バンクのパンフレットを目にした。
「これだ」。すぐその場で申し込みはがきを書いてポストに投函したが、「それまで、骨髄移植については詳しいことは全然、知りませんでした」。最初の1次検査の時に見た骨髄バンクについてのビデオで、その仕組みを初めて知ったが、ためらいはなかった。
2次検査、3次検査を経て、骨髄液の提供に最終同意した。もし自分に何かあって中止になれば、相手に大きな迷惑がかかる。このため、かぜに気をつけ、夜ふかしをを避け、栄養をきっちり取る…。会社経営に携わる忙しい仕事の一方で、その日まで健康には細心の注意を払った。不安はなかった。
骨髄液の採取から数か月後、骨髄バンクのコーディネーターを通じ、提供先の患者さんから手紙が舞い込んだ。もちろん名前や住所はないが、そこには「名も知らない私のために、ありがとうございました」との感謝の思いがつづられ、胸を熱くした。
しかし、庄司さんはこう思っている。
「ボランティアしようとか、そんな気持ちからではなかったんです。今回のことで、命の重さ、自分が健康で生きるありがたさを痛切に感じました。自分が一日一日、精一杯生きていく糧(かて)として、提供させてもらっただけなんです」。
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